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虹色の感情を抱いているよ

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 言葉を交わさないことが、寂しさを煽る。自分以外の、意思疎通ができる生き物がいるというのに、意思疎通ができない事実に熱いものが引いていく。このまま消えてゆくのかと思えば、背筋が冷えた。突然の不安に身震いする。

 2人、と思うには少しだけ違和感を覚えて、すぐにああ、と納得した。

 いつのまにか強くなった雨音が、ただの雑音でなくなっている。それが余計に心を孤独にさせている。

 空気が濡れた体を冷やして、体温との温度差にまた身震いする。


 「兄さん」

 呼ばれた気がして、彼女の方を見遣った。しっかりと上げられた眼差しを見つめた。

 「―――…」

 彼女の瞳は、降る雨筋の向こう、まっすぐ俺を捉えていた。

 俺は、どう応えたらいいのだろうと、迷ったままだった。

 「―――――――」

 雨音が、言葉をかき消した。

 だがそう、はっきりと言って、彼女は俺に背を向けた。

 割としっかり動かされた唇の動きでも、その台詞は類推出来なかった。俺は何度もその映像を繰り返す。

 踵を返して走り去る直前、肩越しに捨てられた言葉だけ、何となくわかった。

 「さよなら」



 濡れた前髪は俯いた時と同じように、彼女の目を隠していた。

 それは本当に涙だったのかもしれないと、たった今まで彼女が立っていた場所を見つめた。

 自分に鋭い目をさせたあの感情は彼女なりの激昂だったのだろう。珍しく瞳を揺らした感情は彼女なりの不安なのだろう。滅多に見せない涙を流させたのは彼女なりの愛情なのだろう。この雨の中、嫌がらずに俺の前に留まらせたのは、どんな感情なのだろう。明日生まれた土地を出て行くという日に呼び出されてこんな話をして、彼女が抱えた感情を、俺はどれほど知っているのだろう。


 いつのまにか目の前に顕れていた彼女の感情に気付くのは遅すぎた。

 原因は、分からない。


 わかりたくないと、はっきりと思った。