マッチ売りの少女
おまけ②
今来た道を振り返り、暗い眼をして少女は呟きます。
「こんな家、燃えちゃえばいいんだ・・・!」
彼女は持っていたマッチすべてに火を付け、そして・・・。
一気に火は燃え広がり、緋色のカーテンのように目の前のビルを覆いました。何故
かマッチを擦った少女の本当に幸せそうな笑みがそこには有りました。
そう、実は少女は常習の放火魔だったのです。
乾燥した冬の空気は何時にも増して炎を燃え盛らせ、ごうごうと音を立ててビルを
呑み込んでいきます。網膜に炎の色が張り付いた時、放心していた彼女はやっと我
に帰りました。辺りが漆黒の煙りに包まれる頃、彼女の声にならない悲鳴に呼応す
るかのようにそのビルからも絶叫があがったのです。
ビルの一室では、己の欲の為友人を死に至らしめようとした姉弟が紅蓮の炎に包
まれていました。殺されかけた女性だけが奇跡的に助かりました。首を絞められ、
気絶したため大きく息が出来ず、また床に伏せていたために煙を吸い込むことが無
かったのです。
次に彼女が眼を開けたのは、婚約者が見守る病院のベッドの上で、でした。
火事がほぼおさまる頃、駆け付けた救急車はもうひと組の急患も運ぶこととなり
ました。突然の火事に気をとられ、急カーブを曲がり損ねたスポーツカーが無惨な
姿をさらしていたのです。車体は飴細工のようにぐにゃりと曲がっていました。運
転していた男は即死、同乗していた女性は道路沿いの草むらに投げ出され、奇跡的
に助かりました。
・・・顔に、「化粧をすれば隠せるほど」の怪我は作りましたが。
マッチ売りの少女は逮捕され、鑑別所へ送られることとなりました。彼女の母親
はそこで初めて目が覚めました。放火の誘惑に逃げられないくらい、追い詰められ
た少女の心情を理解し、男遊びもしなくなったのです。懺悔する母に少女も涙で応
えました。
散り散りだった家族の絆はこうして蘇ったのです。
今、母子は静かに待っています。釈放され、再び会える「春」の日を・・・。
終わり