天秦甘栗 焼肉定食
ヒーハーヒーハと言いながら、遠くで花火で遊んでいる天王寺を見ながら、天宮が深町に言った。深町も大きくうなずいて、「天王寺に花火は禁止やな」と同意した。
「そんな離れてたら、おもろないやんけ!!」
遠くから天王寺は手招きしているが、もう誰も近付こうとは思わなかった。しゃーないなあと、天王寺は普通の花火に点火した。これは、置いて火をつけるタイプで火の粉が雪のようにキラキラと落ちる。
「もう、おひらきや」
天王寺はそう言って、残りの花火を車にしまってしまった。その後、天宮から腕に一発ケリを入れられたが、天王寺は寸前でかわしてケララ…と笑って、「またやろうな」と言った。花火騒動が終わってすっかり遅くなって皆が帰路についた。天宮は挨拶する河之内に念を押すように「必ず修理代を申告してね!」と言いおいたが、当人は何も返さずに帰った。
「でもなあー、天宮。あの車はムチャ高いって、天王寺が言っとったから、修理代もすごいんちゃうの?」
心配そうに深町が聞いたが、天宮はどうしても足らんかったら秦海に借りてでも払うと言った。
「なんかこう、河之内には精神的プレッシャーはかけたいけど、金銭面ではきれいにしたいじゃないの。えりどんだって、お花のお金払ってたじゃない」
「まあな」
「秦海にちょっと借金して、年末のボーナスで返すとするから。大丈夫だってば!」
そ う言って、天宮も秦海家に戻って行った。
秦海家に戻った天宮は、自分の部屋で本を読んでいる秦海を見付けた。
「お帰り、遅かったなあ。もう風呂には入ったぞ」
「くつろぐんなら、自分の部屋に行けばあ?」
「いや、おまえが帰ったら寝ようと思って待ってたんだ」
読みかけの本をパタンと閉めて、秦海は天宮の肩に背中から手をかけた。
うっとおしーいと思う天宮だが、今日は頼みたいことがあるので黙って耐えた。
「おっ、今日は素直だな天宮」
「サービスってやつねー。または先払利息ともいう」
「なんだ?」
「お金貸して、秦海」
「いくら?」
「100万は軽いかなあー、もうちょっと」
「天王寺に負けたのか?」
秦海は天宮が天王寺とのレースでコテンパンにやられてしまって、新しい車をご所もうかと思ったのだ。ぶんぶんと天宮が首を振って「違う」と言った。
「河之内の車を壊したから、修理代を払うの。レースは1勝1敗で、引き分けだよーん」
「ディアブロをなあー、それでおまえのケガは?」
「してないしてない、わだちが高くて、おなかと足まわりを壊しただけだから。あっ川尻さん舌噛んだけど」
そ れを聞いて秦海は、「えっ?!」と言って、天宮の前にまわった。
「川尻も行ってたのか?」
「うん、それと河之内と河之内の連れの天満くんとー、あとでみんなで鍋して、花火やって」
「天王寺と? それは災難だったな」
秦海は知っている。天王寺と花火の怖さをー。しかし、天宮がレースの模様を楽しそうに話してくれていると、とてもさみしくなってしまった。
「どうしたの? 眠いんなら、やめようか」
天宮が、秦海がくらーくなってきたので眠くなったのかと思ったが、秦海はぶんぶんと頭を振った。
「どうして、俺を呼んでくれないんだ?」
「遠くてやだって言ってたから。あっすねてる?」
ニヤニヤと天宮は秦海を指さして笑った。秦海はそういうことがたまにあるのだ。ポンポンと秦海の肩を2度たたいて、「今度集まる時は呼ぶからね」となぐさめた。その言葉にパアーッと顔の明るくなった秦海が、うんうんとうなずいた。
「なあー、天宮」
機嫌のなおった秦海は、天宮にまたレースをやるなら、その林道をアスファルト舗装したらどうだと尋ねた。
「よその土地だよ」
「買ってしまえば、何でもできるぞ。もっとちゃんとしたコースにすれば、楽しいんじゃないか?」
またあやしいことを考えるなあと、天宮は頭痛がしてきた。たまにはシャレのレースをするぐらいのことなのに、わざわざ土地まで買い上げてどーするというのだと思ったのだ。
「いらない。林道レースはジャリ道だから楽しいんだよ。それと私の本籍をこっちに移したわね」
「ああ、新戸籍にしたからな」
「本籍は戻しておいて! 村の平均年齢が上がったって、村中で騒いでるから」
「ああ、分かった。じゃ、手続きしておく」
「ちっちゃい村だから、そういう情報はすぐ回ってしまうのよ。結婚したのも、しっかりバレてたしなあー」
そう言いつつ、天宮がベッドに寝転んだ。さすがにフルパワーを使うと、体も神経もヘトヘトで、ついでに酒がきいている。
「風呂に入れよ、天宮」
「めんどくさーい。もう寝る」
「こらこら、そのまま寝るな!」
秦海が、起こそうとしてあきらめた。寝てしまったら、テコでも動かないのが天宮である。
「おそわれる心配ぐらいしてくれよ」
そう声をかけながら、天宮に布団をかけて、秦海はその寝顔を見て、ニコニコと微笑んだ。本当に結婚してよかったなあと、しみじみとした幸福感にひたる秦海であった。