天秦甘栗 天真爛満
天満を見て開口一番、「えりどん、彼氏作ったの?」である。天宮はいつも通り、ボサボサの頭にジーパンといういでたちで、深町の入れてくれたコーヒーを手にした。深町が簡単に、天満がどうして、ここにいるのかを説明すると、天宮は「あほか」と言って立ち去った。そして、もくもくと働いている河之内のところに行って、畑に植わっている白菜の外葉を一枚ちぎって、河之内に差し出した。
「これ食べてごらん、河之内」
今日の嫌がらせはバージョンが違うと、河之内はその白菜を手にした。しかし土の付いた白菜を口にする勇気はない。
「川で洗って、食べてごらん」
ギロッと天宮が睨むので、仕方なく河之内は言う通りに白菜を口にした。シャリシャリと食べると、肉厚でとても甘い。
「おいしいでしょ?」
天宮が聞くので、黙ってうなずいた。本当においしいのだ。そこで天宮は、溜め息をひとつついてから口を開いた。
「いつか秦海にも言おうと思うんだけど、本当の野菜っていうのはみんな生で食べてもおいしいものなのよ。こういう無農薬で育ててやれば、白菜だってサラダで食べられるの。こういうのを食べれば河之内も神経が治るんじゃない?」
天宮は「懲りない男」が「懲りる」という意味で神経が治ると言ったが、当人はそうはとっていない。目からウロコが落ちたような気がしている。
「河之内は畑の手入れしてるから、そのへんの野菜は食べていいって言うてんのに、いつもインスタント食べてるもんなあ」
「とりあえず、おまえの神経は狂ってないぞ、河之内。俺が保証してやる」
「そうか、じゃ、どこがおかしいんだ」
河之内は、納得のいかない様子ながら畑に戻った。生の白菜を食べて、おいしいと感じられる自分が変なのである。自問自答を繰り返しながらも、習慣になっている草むしりに没頭する。
「天満さん、何屋さんなの?」
天宮はそう言って、天満に尋ねた。
「俺は医者です。一応、専門は精神科だけど、そういう天宮さんと深町さんは?」
「私は公務員で、えりどんは着物を縫ってるの」
「いいなあ、俺もこういうとこで暮らしたいなあ」
「でも、私は週末しか戻れないのよ。職場が遠くてねぇ」
「結婚もしてるしー」
横から深町が、アイの手を入れる。
「それは、えりどんが嵌めたからで本意じゃないもん。まあ楽な下宿には違いないけど」
3人は、そうやってのんびりと週末を過ごした。天宮への出前サービスは、天満がやってくれたのだが、ひょいひょいと軽く岩を飛んで、河之内が40分近くかかる道を20分でやって来る。
「すごいなあ、天満さんー、河之内なんか30分しても来ないのに」
「慣れてるからーで、一体、河之内は何の償いをしてるの? 天宮さん」
天満は最初から疑問に思っていたことを口にしたが、天宮は笑って「当人に聞いてみたら?」とお茶をにごしてしまった。恐らく、河之内は友人である天満にも言えないだろう。天満はこの居心地がいたく気に入ったらしく、また来ると言って帰って行った。
天宮も日曜日の夜遅く、秦海家に戻った。自分の部屋に直行して驚いた。
シングルベッドがクィーンサイズのダブルベッドに変わっていて、さらに秦海が寝ていたからだ。秦海に蹴りを入れると、眠そうに「おかえり」と言った。
「ねえ、どうしてベッドが変わってるのよ。それに秦海!! 自分の部屋で寝てよ」
「これだけ広いんだから、問題はなかろう?」
そうだ、こういうことの出来る奴だったと天宮は後悔した。「考えておこう」から2週間で、このベッドを手配してしまえるのだ。ミスッたな、と自分で思いながら天宮は風呂に入って寝ることにした。ベッドがこう広くては、文句の言いようがないし、まあいいかという天宮の呑気ぶりが出てしまうからである。