天秦甘栗 悪辣非道3
「どうされました? 私がお気に召しませんか」
「気に入る奴なんかおるかーい!龍之介、お兄ちゃんが遊んでくれるって!」
深町は龍之介を河之内にけしかけた。玄関に立っていた河之内に龍之介はジャンプして飛び付いた。びっくりして河之内が外へ逃げると、龍之介も追いかけて行く。甘がみしてみたり、手で河之内をたたいたり、龍之介はやりたい放題である。
「りゅうちゃん、おいで」
道路で転がっている河之内を大笑いして、深町が龍之介を呼んだ。
「まだ、なんか言うか?」
天宮の技もすごいが、深町もすごい。なにせゴールデンレトリバーを自在にあつかえるのだ。ちょっとやそっとで深町に触ることも出来ない。
「いえ、結構です。これで帰ります」
またドロだらけになった河之内は、悲しそうに車に乗った。
「こりんやっちゃなーなあ、りゅうちゃん」
それから、天宮と深町は2、3日間隔で河之内を呼びだした。やれ草むしりだの、稲まきだの、と畑の世話をさせて、ついでに雑木林を少し切り倒して新しい畑の開墾をさせた。いつかこの嫌がらせも終わると河之内は信じて我慢していたが、3カ月目に自分で信じられなくなってきた。
もしかしたら一生、こうやって(1週間に一度の強制労働)天宮と深町に、おびえて暮らさなければならないんじゃないだろうかと、疑ってしまったのだ。人は疑い出すとキリがなくなる。河之内もそうである。それを解決する方法を、河之内は一つだけ知っている。文字通り生命がけでも嫌なことだが、秦海から天宮を止めてもらうのだ。お金で解決するならとても簡単なことだ。働けばまた手に入るが、それを天宮は、いとも簡単にけたおした。プレゼントもだめだった。天宮も深町も物欲はないに等しい。ただひとつの欲といえば、天宮の場合は書物で、深町の場合は温室だろう。
はあーと、溜め息をついた。河之内は自ら秦海のところへ電話を入れてアポイントメントを取った。
「秦海!!どうか奥方を止めてくれ!!」
入室一番、河之内は秦海の座る机に手をついて頭を下げた。何のことだが分からぬ秦海は、呆然と河之内を見た。珍しいこともあるもんだと、秦海は「話を聞こう」としばらくしてソファをすすめた。
「私の使った卑劣な手段のことは、私もつくづく後悔している。だが、このままでは私は、私はー、本当に死んでしまう」
毎晩、電話におびえ、連絡が入れば、はるか2時間の天宮家に赴く生活にほとほと疲れた河之内は、恥も外聞もなく、秦海に真実を打ち明けて、ここ3カ月であったことを全て秦海に話したのだ。秦海もうなずいて聞き入ったが、たいして驚く話ではない。
「この手を見てくれ!私の白魚のような手が!!」
確かに、河之内の手はマメがつぶれて痛々しい。だが、この言葉が天宮に、さらに拍車をかけてるんだろうなと、秦海は思った。
「もう限界だ、おまえなら止められる! もう二度と天宮さんに、悪ふざけはしないっっ!!頼むから天宮さんを!!」
うわぁーと、秦海は河之内の言葉に少し引いた。「こりない男」が、とうとう「こりた」らしい。
「しかしなあ、河之内」
秦海は知っている。もし、この件に自分が口を出せば、間違いなく自分も攻撃対象になることを。それに天宮から「手を出すな」と言われているので、これはまずい。
「悪いが、俺は聞かなかったことにする。止めてほしければ直接、天宮にあやまれ」
「何度もあやまってるー、これ以上どうしろと言うんだ!!お金でカタはつけられないし、プレゼントもだめだ」
すがるような眼で河之内は訴えるが、秦海は平然と言い放った。
「天宮は人間が出来てきたな。その程度ですんでいるなら、むしろ楽な方だ」
「なにぃぃぃ!!」
「俺がやられた仕返しは、そんなもんじゃない。、むろん俺の場合はアフターケアがついていたが」
天宮がアフターケアーをしたように秦海は言うが、もちろん秦海が、天宮に有無を言わさずさせたのである。(その話は、またそのうち出てくることになるでしょう)しかし、秦海はそんな河之内を見て、つくづく自分の取った手段が正しかったことを実感した。キーポイントは深町である。自分は深町を味方につけたから、天宮を無事めとることが出来たのだ。俺は間違っていなかったと、秦海は心底自分を誇らしく思った。
「すまないが、俺は次の予定がある。今度こういう話なら取り次がんから、そう思ってくれ」
「秦海!!これほど頼んでもか?」
河之内は、精一杯の誠意をしめしたつもりである。それを、ことも簡単にあしげにしてしまう秦海を呪った。
「俺は天宮の夫だが、飼い主ではない」
そう言い捨てると、秦海は部屋を出た。ドアの前では、川尻が笑いながら待っていた。
「社長は、いい奥方をおもらいになりましたね」
「お世辞か? 川尻」
「めっそうもない、あの河之内さんをこりさせるなんて、常人には出来ませんからね」
川尻は、心の底からおかしそうに笑っている。
「おまえー、親戚に深町という人はいないか?」
「いいえ」
こいつの思考は深町と似ていると秦海は思う。なにせ、天宮の所業を笑っていられる程の神経である。並ではない。
「一度、奥方にお目にかからなければなりませんね」
楽しそうに、川尻は秦海と並んで歩いている。恐らく川尻は、秦海とは別の意味で天宮をコントロール出来るだろう。
「逢いに来い。天宮が喜ぶ」
「では近々、おめもじいたします」
ニヤリ笑った川尻は、そう言ってからいつもの顔に戻って、すぐに今後のスケジュールの説明に入った。
作品名:天秦甘栗 悪辣非道3 作家名:篠義