天秦甘栗 悪辣非道3
金曜日の夜、天宮は深町の待つ田舎の家に戻り、この週にあった大事件を口にして深町の考えを聞いた。
「そらぁ、お返しせんといかんでしょう。礼儀に反するし」
「やっぱりそう思う、えりどんも」
「どうするの?天宮」
「もちろん、お返しはするよ」
そのくわだては深夜までかかって、みっちりとたてられた。こういう時は2人の背中にしっぽがはえる。
「えりどん、しっぽはえてる」
「夜だもーん」
ひゃっひゃっと悪意な笑いを浮かべて、2人は午前3時になるのを待った。草木も眠るうしみつ時より、さらに1時間経過した時間に天宮は河之内コピーを取り出した。ケイタイの番号をプッシュする。電源を落としていなかったらしく、ちゃんとつながった。10回もコールした頃にやっと相手が出た。
「はいー、河之内ですー」
ものすごく眠そうな河之内の声が聞こえた。笑けてくるのを我慢して天宮は「こんばんわ」と言った。
「どちら様ですか」
河之内は、まだ分からない。この携帯は会社と友人と・・・、と考えているらしいが、天宮だとは考えていない。
「あ・た・しっっ!!」
「えっ?」
「ほら、この間逢ったでしょう? 河之内」
その声に、なんとなくではあるが、勘にさわるものがあった。しかし、いい感情ではない。相手はクスクスと笑って、とどめの言葉を吐き出した。
「コ・ピー・の?」
「あまみやさん?」
「ピンポーン、正解ー、元気にしてた?河之内」
にこやかな声が河之内に、さらに寒気を覚えさせた。一体何事だろうとビクビクしている。
「ちょっとお願いがあるんだけど、いいかしら」
「何でしょう?」
「あのね、ローソンでおにぎりを買って届けてほしいの」
この夜中にー、と河之内は思ったが、いやがらせだろうから仕方がない。河之内はメモを取り出して「おにぎりの中身は?」と尋ねた。
「えりどん、何する?」
「んー、ツナマヨと明太子かな」
「もしもし河之内、あのね、ツナマヨと、明太子と、豚キムチと、しそ梅と、とりめし、それとローソンの特選のお茶2缶ね」
豚キムチは少数しかない品目で、これを探すのが結構手間である。ローソンは24時間営業だが、3時ともなると、おにぎりはほとんど無いに等しい。
「でね、届けるところはー」
秦海家だろうと思っていた河之内は、住所を聞いてふっ飛んだ。都心から相当離れた場所である。
「あの、天宮さん、そこは一体?」
「私のうちです。まあー、本道だから迷わないでしょう。がんばってね」
それだけ言うと、一方的に電話は切れた。河之内は手にしたメモを見て、泣けてきた。どうしてこの夜中に、わざわざローソンのおにぎりを片道2時間かけて届けなきゃならないんだろうと思うと悲しくなるのだ。しかし、行かなければ、河之内のプライドのかけらもない。ひしゃげた顔のコピーが、あっちこっちにバラまかれるだろう。フラフラとベッドから起き上がり、河之内は外へ出た。
おにぎりというのが、なかなか見付からず、そして遠い道を迷いながら走って一軒の家の前に着いたのは朝の7:00を過ぎていた。トントンと玄関をたたく。中から犬の鳴き声がして、玄関の鍵があいて深町が顔を出した。
「こちら天宮さんのお宅でしょうか」
河之内の顔を見て、深町は大笑いした。あの河之内コピーを前日に渡されていたからだ。
「河之内さんね。ちょっとちょっと待ってて!!」
大笑いしながら、深町は中へ入っていった。いつものように深町は緊急用のたたき起こし方で天宮を起こした。こういう起こし方の時は、天宮の機嫌は200%悪い。さらに、血圧が低いのですぐに反撃できないので、その不満が不発弾のようにくすぶっている状態で、天宮が玄関に現れた。眼が異様にギラついている。河之内は背中に冷水をあびたように固まっている。 この間の時は仕事用の顔で、多少、笑みなどを浮かべていたから、まだまだそんなものは怖いうちには入らなかったことを実感した。おずおずと河之内は、コンビニ袋を二つ手渡した。
「ローソンじゃないー」
「すいません、どうしてもなかったんです。どうか、これで勘弁して下さい」
「ローソンのはね。ササニシキとコシヒカリなのっっ!!これサークルKじゃない!!やりなおし!!」
そんなあ、と河之内は顔色を変えた。そこへ天宮が髪をかきあげて、さらに不発弾が爆発しそうな様相で河之内をにらんだ。
「河之内、やりなおし」
「はい」
とぼとぼと河之内は愛車に戻って、クラッチを踏んだ。あの天宮に逆らうことが出来るものはいない。俺はなんてバカなことをしたんだろうと、つくづく河之内は後悔した。
「えりどん!」
「ん?」
「さっき1発じゃなかったね」
「えっ?そうかなあー、まあいいから寝とり」
そう、実は急いだので、お腹に3発くらわせたのだ。少しは覚えてるな、と深町も笑いながら玄関の鍵を再び閉めて寝てしまった。次に河之内が戻って来たのは、10時を回った頃だった。ローソンが無くて探し回っていたのだ。それを手渡すと、先程より機嫌の良い天宮が「ごくろう」と言って受け取った。
「まあ、慌てなくても河之内、少しゆっくりしていきなさい」
「いえ、そんなめっそうもない」
河之内が、やんわりと断ったが、もう天宮はそのつもりらしく深町になにやら声をかけている。深町が奥からトコトコと出て来て裏からゴソゴソと何かを持ってきた。
「下に畑があるの。そこを耕して帰って」
深町が持ってきたのは、クワだった。それを天宮が河之内に手渡した。そして、代わりに河之内の車のキイを取り上げた。深町の畑はそれ程広くない。しかし、耕せば結構かかる。
「もうすぐ、次の野菜を植えるから、ここからここまで耕してね」
深町が河之内に指示を出すが、畑など耕したことのない河之内は、困ってしまった。
「河之内、さっさとやりなさい」
「あのー、どうやって?」
2人は同時に、おいおい、と突っ込んだ。くわを持たされれば、ガツガツと耕すに決まっている。
「これだから、都会のお坊っちゃんはねー」
「ほんまに、なんにも知らんなあ」
天宮は深町に同意を求めてから、河之内の手からくわを取り上げて、ガツガツと二・三度、畑を耕した。
「はい、やって」
河之内が懸命に畑を耕しているが、天宮と深町はローソンのおにぎりを食べ始めた。
「やっぱりおにぎりはローソンね、えりどん」
「うん、おいしいー、このノリがパリパリしてうれしいなあ」
「お茶は、温かいのにすればよかったね」
「まあいいじゃんか、河之内!!一個食べていいよ」
深町は、ポーンと豚キムチを河之内に投げた。
「お茶はないから、そこの川の水飲んでね」
都会育ちの河之内はギョッと目を見張った。水といえばミネラルウォーターというような人間には信じられない。
「いえ結構です。これだけで」
もう、お昼である。天宮と深町は手早くたき火を作って、そこにやかんを置いてコーヒーを沸かした。
「あー、やっぱりここで飲むのがおいしいなあ」
「当たり前!!なんせ、天然ミネラルウォーターやからな」
「そらぁ、お返しせんといかんでしょう。礼儀に反するし」
「やっぱりそう思う、えりどんも」
「どうするの?天宮」
「もちろん、お返しはするよ」
そのくわだては深夜までかかって、みっちりとたてられた。こういう時は2人の背中にしっぽがはえる。
「えりどん、しっぽはえてる」
「夜だもーん」
ひゃっひゃっと悪意な笑いを浮かべて、2人は午前3時になるのを待った。草木も眠るうしみつ時より、さらに1時間経過した時間に天宮は河之内コピーを取り出した。ケイタイの番号をプッシュする。電源を落としていなかったらしく、ちゃんとつながった。10回もコールした頃にやっと相手が出た。
「はいー、河之内ですー」
ものすごく眠そうな河之内の声が聞こえた。笑けてくるのを我慢して天宮は「こんばんわ」と言った。
「どちら様ですか」
河之内は、まだ分からない。この携帯は会社と友人と・・・、と考えているらしいが、天宮だとは考えていない。
「あ・た・しっっ!!」
「えっ?」
「ほら、この間逢ったでしょう? 河之内」
その声に、なんとなくではあるが、勘にさわるものがあった。しかし、いい感情ではない。相手はクスクスと笑って、とどめの言葉を吐き出した。
「コ・ピー・の?」
「あまみやさん?」
「ピンポーン、正解ー、元気にしてた?河之内」
にこやかな声が河之内に、さらに寒気を覚えさせた。一体何事だろうとビクビクしている。
「ちょっとお願いがあるんだけど、いいかしら」
「何でしょう?」
「あのね、ローソンでおにぎりを買って届けてほしいの」
この夜中にー、と河之内は思ったが、いやがらせだろうから仕方がない。河之内はメモを取り出して「おにぎりの中身は?」と尋ねた。
「えりどん、何する?」
「んー、ツナマヨと明太子かな」
「もしもし河之内、あのね、ツナマヨと、明太子と、豚キムチと、しそ梅と、とりめし、それとローソンの特選のお茶2缶ね」
豚キムチは少数しかない品目で、これを探すのが結構手間である。ローソンは24時間営業だが、3時ともなると、おにぎりはほとんど無いに等しい。
「でね、届けるところはー」
秦海家だろうと思っていた河之内は、住所を聞いてふっ飛んだ。都心から相当離れた場所である。
「あの、天宮さん、そこは一体?」
「私のうちです。まあー、本道だから迷わないでしょう。がんばってね」
それだけ言うと、一方的に電話は切れた。河之内は手にしたメモを見て、泣けてきた。どうしてこの夜中に、わざわざローソンのおにぎりを片道2時間かけて届けなきゃならないんだろうと思うと悲しくなるのだ。しかし、行かなければ、河之内のプライドのかけらもない。ひしゃげた顔のコピーが、あっちこっちにバラまかれるだろう。フラフラとベッドから起き上がり、河之内は外へ出た。
おにぎりというのが、なかなか見付からず、そして遠い道を迷いながら走って一軒の家の前に着いたのは朝の7:00を過ぎていた。トントンと玄関をたたく。中から犬の鳴き声がして、玄関の鍵があいて深町が顔を出した。
「こちら天宮さんのお宅でしょうか」
河之内の顔を見て、深町は大笑いした。あの河之内コピーを前日に渡されていたからだ。
「河之内さんね。ちょっとちょっと待ってて!!」
大笑いしながら、深町は中へ入っていった。いつものように深町は緊急用のたたき起こし方で天宮を起こした。こういう起こし方の時は、天宮の機嫌は200%悪い。さらに、血圧が低いのですぐに反撃できないので、その不満が不発弾のようにくすぶっている状態で、天宮が玄関に現れた。眼が異様にギラついている。河之内は背中に冷水をあびたように固まっている。 この間の時は仕事用の顔で、多少、笑みなどを浮かべていたから、まだまだそんなものは怖いうちには入らなかったことを実感した。おずおずと河之内は、コンビニ袋を二つ手渡した。
「ローソンじゃないー」
「すいません、どうしてもなかったんです。どうか、これで勘弁して下さい」
「ローソンのはね。ササニシキとコシヒカリなのっっ!!これサークルKじゃない!!やりなおし!!」
そんなあ、と河之内は顔色を変えた。そこへ天宮が髪をかきあげて、さらに不発弾が爆発しそうな様相で河之内をにらんだ。
「河之内、やりなおし」
「はい」
とぼとぼと河之内は愛車に戻って、クラッチを踏んだ。あの天宮に逆らうことが出来るものはいない。俺はなんてバカなことをしたんだろうと、つくづく河之内は後悔した。
「えりどん!」
「ん?」
「さっき1発じゃなかったね」
「えっ?そうかなあー、まあいいから寝とり」
そう、実は急いだので、お腹に3発くらわせたのだ。少しは覚えてるな、と深町も笑いながら玄関の鍵を再び閉めて寝てしまった。次に河之内が戻って来たのは、10時を回った頃だった。ローソンが無くて探し回っていたのだ。それを手渡すと、先程より機嫌の良い天宮が「ごくろう」と言って受け取った。
「まあ、慌てなくても河之内、少しゆっくりしていきなさい」
「いえ、そんなめっそうもない」
河之内が、やんわりと断ったが、もう天宮はそのつもりらしく深町になにやら声をかけている。深町が奥からトコトコと出て来て裏からゴソゴソと何かを持ってきた。
「下に畑があるの。そこを耕して帰って」
深町が持ってきたのは、クワだった。それを天宮が河之内に手渡した。そして、代わりに河之内の車のキイを取り上げた。深町の畑はそれ程広くない。しかし、耕せば結構かかる。
「もうすぐ、次の野菜を植えるから、ここからここまで耕してね」
深町が河之内に指示を出すが、畑など耕したことのない河之内は、困ってしまった。
「河之内、さっさとやりなさい」
「あのー、どうやって?」
2人は同時に、おいおい、と突っ込んだ。くわを持たされれば、ガツガツと耕すに決まっている。
「これだから、都会のお坊っちゃんはねー」
「ほんまに、なんにも知らんなあ」
天宮は深町に同意を求めてから、河之内の手からくわを取り上げて、ガツガツと二・三度、畑を耕した。
「はい、やって」
河之内が懸命に畑を耕しているが、天宮と深町はローソンのおにぎりを食べ始めた。
「やっぱりおにぎりはローソンね、えりどん」
「うん、おいしいー、このノリがパリパリしてうれしいなあ」
「お茶は、温かいのにすればよかったね」
「まあいいじゃんか、河之内!!一個食べていいよ」
深町は、ポーンと豚キムチを河之内に投げた。
「お茶はないから、そこの川の水飲んでね」
都会育ちの河之内はギョッと目を見張った。水といえばミネラルウォーターというような人間には信じられない。
「いえ結構です。これだけで」
もう、お昼である。天宮と深町は手早くたき火を作って、そこにやかんを置いてコーヒーを沸かした。
「あー、やっぱりここで飲むのがおいしいなあ」
「当たり前!!なんせ、天然ミネラルウォーターやからな」
作品名:天秦甘栗 悪辣非道3 作家名:篠義