夢幻堂
そこまで考えて、俺はなんでこんなに疲れることをしてるんだろうと我に返る。どうもかなりの時間をこの考えごとに費やしていたらしい。暇つぶしとはいえ、つぶしすぎた、気がする。
まぁいいんだけど、と俺は小さく呟いて、ごろんと丸まりながらもの言わぬ扉を見つめる。多分、そろそろ帰ってくるころなんじゃないかと、根拠もなにもない俺の勘が働いた。その勘は、当たるも八卦当たらぬも八卦だ。
もう一度ごろりと転がると、ぐいーと一度のびをして息を吐いた。慣れないことはするもんじゃない。
と思ったところで、ふ、と空気が変わる。色が付いたみたいに。
俺の勘も、なかなか馬鹿にできないらしい。
───チリン、と鈴が鳴る。
お客が来たことを知らせるための、涼やかな音。
俺はソファにくるりと丸まったまま顔を上げ、彼女が綺麗だと言ってくれた眼で彼女を見ながら言った。俺には見えないけれど、葡萄と新緑の色の。
「おかえり」
彼女はびっくりしたように俺を見つめて、だけど嬉しそうに薄茶色の瞳を細める。
「ただいま、シオン」
ああ、なんだ。俺の考えごとなんて、なんて意味のないものだったんだろう。
(だってそうだ)
例えば、なんて必要ない。
もしも、なんて関係ない。
カンナがただいまと言ってくれる。
カンナが俺に向かって笑ってくれる。
カンナを待つことを、この場所で許されている。
必然だろうが運命だろうが奇跡的だろうが、いま俺はここにいる。
それだけで、俺は幸せなんだ。
それは至極簡単な答えだった。
その後、ふんふんと鼻歌を唄いながらごろごろしてる俺に、彼女は楽しげに見ていた。てことは、俺はそんなに疲れていなかったのかもしれない。あるいは考えていたことの半分くらいはどっかに飛んでいったのかもしれないけど。
「どうしたの? やけに機嫌がよさそうだけど」
「考えごとしてた」
「どんな?」
「忘れた」
即答する。だけど忘れたなんて多分嘘だ。カンナが呆れた顔で俺を見た。
「なにそれ?」
「いいんだ。だって過去に例えばなんて必要ないし、ありえない可能性なんて考える必要ない」
ほら、やっぱり忘れたなんて嘘だった。なんて思っていたら、カンナがじろりと俺を睨んで同じことを言った。
「……忘れたなんて言って、ちゃんと覚えてるんじゃない。なんだかよく分からないけど」
機嫌がいい、とカンナが言ったのは間違いじゃない。俺はきっと機嫌がいい。
「カンナ」
「なぁに?」
「聞きたいことがあるんだ。いままで聞かなかった、いろんなこと」
「たとえば?」
「いつも、どこへ出かけてるんだ?」
俺の質問に、彼女はいつものように優しく微笑んだ。
「神様のところよ」
そして、本当は俺も半分くらい分かってた答えをくれた。
俺の話はここで終わり。
始まりも終わりも別にあったもんじゃないけど。
俺が下手な語り手となるのも、これが最初で最後。きっと。そんな気がする。俺の勘は、多分ちょっと当たってる。
誰に語ってたかなんて、そんなことはさして重要でもなく、別に俺が俺自身に語ってたと思えばいい。そもそも、例えば、なんて可能性のない選択肢の考えごとだ。気にすることなんてなにもない。
だから、俺と彼女の話はここでおしまい。
いまの俺は、もしかしたらちょっとだけ先の未来にいるかもしれない。
それすら、不確かで曖昧な可能性の話だってことを、もし俺の下手な話を最後まで見てる人がいるんだとしたら、覚えておいてほしい。
そう、例えばの話────だ。