夢幻堂
「それはお前が俺に教えてくれたからだ。お前が昔そうじゃなかったんなら、前の店主ってやつがカンナに教えてくれたんだろ」
シオンは、今日は鳴らない扉の鈴に目をやりながらそう言った。つい数日前にヨウが来たときのことを思い出しているのだろう。カンナも同じように扉に視線を向けながら、ゆっくりと微笑んだ。
「そうね。……そうやって、この場所は続いていくんだわ」
チャリ、と《虹の羅針盤》に付いている鎖が肌を滑って音を立てた。視線を落として見れば、ゆうらりと虹色の光の針が回っているのが分かる。まだ、カンナのなかで願う道が定まっていないからかもしれない。それでも、カンナはようやく知った。この場所がどれほど永遠であろうとも、すべての魂は永遠ではいられないことを。
いつか───それが近いのか遠いのか分からないけれど、いつか夢幻堂を去るべきときが訪れる。
夢幻堂は夢幻と現の狭間にある魂の休息所。
ならば、儚く消える夢の中ではなく───、痛みをともなう現が身を潜めているのだから。そうして、いつかは誰もがそこへ還っていくのだから。
(そうだとしても、願えるならもっと………もう少しだけでも)
去ってもいいと思えるときまで。自然にそう言えるようになるまで、ゆるやかな時間がたゆたうこの場所で。
カンナは自分をずっと守ってくれて、いまでもそっと心配してくれている前店主を思い出して、手に持った《虹の羅針盤》を握りしめた。
幸福な未来をもたらす七色の煌めきが、包み込むように優しく輝く。まだ彼女自身も気付かぬ、かすかな願いを抱きしめるようにそっと。
ユメを見て、マボロシを追って、うつつに還る。
|誰《た》がために創りし夢幻堂なのか、もはや知るものはいないのか。
それでも、彷徨う魂たちをいざない、束の間の休息をもたらすこの場所は───この場所だけが永遠に変わることはない。
ここは、未来永劫を約束された場所なのだから。