みつひら
それでも、クインシーは天使が飛びたい意思を見せるより先に「飛ばせてやる」とは言わないようにしていた。知らないシグが機嫌を悪くするのも、しかたがない。どうせ数日経てば学校帰りに飛び込んでくる、と思いながら見上げる天使の肩をもう一度叩いて「俺にまかせろ」とクインシーは微笑んだ。
シグのやってくる足音が聞こえたのか、それまで微動だにせず座っていた天使が顔を窓の方に向けた。毎日暇なもんだ、と頭で考えながら手を迷いなく動かす。そのクインシーの顔を見て、シグが一言だけ口にした。
「うわ」
「宿題も終わってないやつは邪魔なだけだぞ、シギスムンド」
「今日はないから良いんだよ。……寝てないの?」
鞄を椅子に乗せて天使の隣に座ったシグが、目の下を見ている。それを知りながらクインシーは「寝てる」とだけ答えた。嘘だ、と言いたげな空気をわざとらしく出して天使に「ほんと?」と問いかけながら、シグがキッチンに立つ。
「急いでやったら、仕事は失敗するもんだろって、いつも言うのに」
どうしたの、と続きそうなシグの言葉に一瞬だけ手を止めて「とりあえずキッチンからどけ」とクインシーは立ち上った。答えになってないやりとりも慣れているシグは、台を降りて椅子に戻る。シグが淹れるよりずっと味の深いミルクティーを飲んだ方が、彼も落ちつけるだろうと思う。
「……23には、飛ばしてやる気だ」
「え、あさって!?」
思っているより大きな反応に手が揺れて、砂糖がコップから少しずれたところに落ちる。落ちた砂糖を手でかき集めてシグのコップに入れて、「大きな声を出すな」と言う。するとシグが「人のコップに、こぼれた砂糖入れるくせに」とぼやいてから、そうじゃなくって、と口を開いた。
「なにをそんなに急いでるの?」
静かに、不安そうな声で口にされた言葉にクインシーはため息をつく。そして自分のより砂糖の多い、いつの間にかシグ用になった小さいコップを置いて茶葉の袋を棚から取り出す。
「シギスムンド。お前、今年の25日は手伝い嫌がって俺のとこに転がりこんでくるなよ」
「え、急になんなのさ! だ、だってクリスマスはそりゃプレゼントもあって嬉しいけどちょっと堅苦しい……。あ!」
できあがったミルクティーがなみなみ注がれたコップを置かれるのと同時に、シグがクインシーを見上げた。落ちた砂糖の分だけ甘さが控えられたのを不満そうに飲むクインシーは、知らん顔でいる。
「わかったなら23に来い。あと、どうせ25日は教会で嫌でも顔合わせんだろ。一日に二度もお前の顔なんか見なくていい、来るな」
「あ、関係ないことまで約束させようとしないでよ!」
テーブルに身を乗り出すシグの体にコップが当たりそうになる。それをクインシーが注意するより先に、天使がそっとコップを避けた。
「いいから、とりあえず頷いとけ」
手で払うようにして言うクインシーに、頬を膨らませながらシグが椅子に座る。コップを両手で持って飲んだミルクティーの熱さと甘さに、舌を少し出した。それから、聞こえるように「言うこと素直にきいたら、それはそれで機嫌悪くなるくせに」と呟いた。
そのシグの頭を、クインシーの手がとれそうなくらい撫でて、コップが空になると同時にシグはいつも通り、外に放り出された。温まったばかりの体に吹きつける風が特に冷たく感じて、シグは家への帰り道を急いだ。