オリーブの枝
とまぁ、味を占めてしまったわけね。何のって?女の味。別に私はレズビアンじゃないし、麻美も純粋なレズビアンだったわけじゃないと思う。ただ歪められただけ。初めての時はそりゃ驚いたけど、だんだん慣れてきちゃってね。よくないことやってるってわかっても、それを隠れてやるっていう、背徳感を刺激してとてもぞくぞくして、なんかこう、言葉じゃ全部は表現できないけど、要するにやめられなかった。背徳感と悦楽の綱渡りをしばらくしてたわ。そう、ぎりぎりのね。うん、今でもあの感触は忘れない。劣情を感じつつほとんど虚無のあの感じ。決して忘れない、忘れられない。いいことではないけど、悪いことをやったという意識はないわ。だって、そうなんだもの。
でも、物語は急展開を迎える。私の小学校卒業に際して、施設も卒業になった。卒業って言っても、結局は他の施設に移動ってこと。私は嬉しくなかったし、むしろ嫌だったというわけでもない。麻美のことは少しは気掛かりではあったが別にどうでもよかった。自分でも驚いた。麻美は私にとってはもはやそのくらいの存在であったということに、そのとき初めて気づいた。たぶん施設を出る日も麻美には何も言わなかった気がする。覚えてない。麻美はその後どうなったのか、今でも別に気にならない。
中学生。私は中学生になった。特に何にも期待することはなかった。ただ、年齢の上で中学生になったという意識だけしかなかった。麻美がいなくなったからではおそらくないが、その頃は今まで以上に冷めた子になっていた。施設での生活は以前とさして変わらなかったが、中学校での生活は違った。こう言うのもなんだが、私は可愛かった。自分でも自覚していた。私は小学校のときより成長していて、女の子らしくなっていたのだ。私はモテた、本当にモテた。私は学校で1,2を争うほどの美少女だったようだ。私を見たくて、先輩たちがクラスにやってくるほど。小学校の時とは扱いが全然違って、不思議に思った。それ以上の感情は特に湧き上がらなかったが。そんななかで私はたくさんの知り合いができた。『友達』と言わないのは、『友達』ではなかったからだ。みんな同じコケシみたいなものにしか見えなかったし、特に名指して、あの人は友達、と区別する必要がなかった。だからみんな同じ知り合いとして、私の頭の中では判断していたの。たくさんの知り合いができたから、今までとは比較にならないほどたくさんの人と会話したわ。まぁ今までよりかは退屈しなかったかな。
あれはいつ頃だったかな。中学校に入学して一か月位経って、クラスにも慣れてきた頃かな。私に言い寄る男子が何人もいる中で、熱烈なアプローチをかけてくる奴がいた。そいつの名前は、三澤隆二。
一言で表現するならただのチャラ男。パッと見の印象だけではね。髪を明るく染めて、制服を崩して着るといった外面的な特徴がそのような印象を私に与えた。むろん前評判があったことも然り。そいつは心底私に惚れたらしい。それは誰が見ても明らかであった。そんなある日、
「なぁ花子。今日暇か?よかったら放課後付き合ってよ」
と、いつもように私を誘ってきた。私は一言、
「嫌」
いつものようにそう言いのけた。それで向こうもいつものように、
「まじかー、しょうがないな。そんなにツンツンするなよぉ」
と返してくるだろうと思っていたが、今日は違った。まだ続きがあった。彼は周りを見渡し、私に小声で話しかけた。
「せめてさ、10分、いや5分だけでもいいよ。話したいことがあるんだ。放課後屋上に来てよ」
どうやら真面目な話のようだ。顔を見ればわかる。むろんときめくわけもなく、私は冷淡に彼の顔を見つめていた。かと言って、断ることもできず、結局約束を受け入れてしまった。まぁ一見の価値はあるだろうぐらいの気持ちだった。私が頷くと、
「本当か?やった!絶対に来いよ!」
彼の顔はぱぁーと明るくなり、また声を弾ませて去っていった。まぁこれでいいか、私は欠伸をした。
それで放課後、ベルが鳴ると同時に彼は早速教室に入ってきた。おいおい、ちょっと気が早いんじゃないの、と思う間もなく、私は手をつかまれ、連れ去られたのだった。急展開過ぎると思うだろうけど、大丈夫、私が一番思ったわ。周りが走る2人を囃し立てざわざわと騒々しい中、私はその先に待っている結末を遠くを見ながら考えていた。答えはわかりきってるけど、いざとなって心変わりしないか少し不安だった。YESと言わない理由もNOと言う理由も特に思いつかなかったからだ。流れに身を任せればいいかな、そんな適当な楽観で自分を落ち着かせた。
二人だけの屋上は妙に広く感じ、閑散とした雰囲気だった。走ったためかお互い少し息切れしていた。息を整えしばし沈黙が続く。彼は二人っきりになって緊張してしまったのか、なかなか声を発することができず、頭を掻いたりしていた。そんな状況に苛立ちを感じ、彼をじっと見つめる私。それに気付いたのか、彼はついに意を決して口を開いた。