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ともだちのしるし

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 そうだ、他の部員達にも聞いてみよう。白ちゃんは、いつも美術室に来ていたんだから。生徒達の間を縫うようにして、美術室に向かう。


 部室では部長と愛華ちゃん、他に数人の部員が歓談していた。
「おー、美胡」
 愛華ちゃんが手を上げる。部活が始まるまであと十五分。鞄を肩に掛けたまま、歓談の輪の中へ入る。
「部長、鈴川白さんって、いつも美術室に来ていましたよね?」
「誰だい? それは」
「誰って、部活中にいつも私の隣に座ってた一年生ですよ!」
 思わず声を荒げる。
「いや、美胡っちはずっと一人だったぞ?」
「……え?」
 何を言っているの? 部長も私をからかっているの?
「だって、初めて部活見学に来た時、私が『見学したい一年生がいる』って美術室に来たのを見ていますよね? それで部長は『見学者はどうしたんだ?』って……」
「部活見学? ……ああ、あの時は見学者が来なかったからな」
「う、うそ……」
 どうして? わけが分からない。お願いだから、誰か白ちゃんの存在を認めてよ。そうだ、愛華ちゃんもあの時……。
「愛華ちゃん。私が公園にいた時、後から来てくれたよね? あの時、隣に白ちゃんが座っていたでしょ?」
「美胡が叫んだ日の事? ベンチには美胡だけだったけど。一人で凄く悩んでたみたいだったから、これはスランプかもって」
「じゃ、じゃあ、その日私が描いた絵の他に、もう一枚絵があったよね?」
 それは、白ちゃんが描いた絵の事だ。
「あの時は、たしか美胡の絵しかなかったよ? 他には、何も描かれてない水彩紙が何枚かあったけど」
「それじゃあ……、私と白ちゃんが話しをしていた事は?」
 それについては、部長が口を開いた。
「話し? いや、あれは独り言だろう。まあ、制作中の独り言なんて私もするしな。私も制作に集中していたから、美胡っちが具体的に何と言っていたのかは覚えていないし、さほど気にも留めなかったな。ああ、そういえば随分独り言が多いな、とは思ったが」
 ことごとく白ちゃんの存在を否定されていく。他の部員に聞いてもその答えは二人と同じで、そんな女の子はいなかったという。そんな……、どうして? 何故? もう、その思いしかなかった。いつも白ちゃんは美術室に来ていて、私の隣に座っていて、私と沢山話しをして、部長や愛華ちゃんも白ちゃんと話しを……。いや……、していない。会話をしていない。私以外の部員は、白ちゃんとは一切言葉を交わしていない。白ちゃんが部室内を歩き回った時も、私が怒鳴った時も、白ちゃんに何か言った人はいなかった。それは、そういう事だったのか。私がそう思っていただけなのか……。
 みんなには、白ちゃんが見えていなかった。誰一人として、白ちゃんの存在を認識していなかった。確かに白ちゃんはここにいたのに。私の隣にいたのに。私の絵を描いてくれたし、無邪気な笑顔を見せてくれていたのに。それなのに、部員からも、同級生からも存在を知られないなんて、あまりにも可哀想だよ。
 もしそれが真実なら……、おそらく真実なんだろう。それなら、いつも私の隣にいた"鈴川白"という女の子は一体誰なの? 今どこにいるの? どうして私の前に現れたの? どうして私と友達になりたいと言ったの? お願いだから、誰か教えてよ。私に教えてよ!
 思考は無秩序に入り乱れ、錯乱する。足は細かく震え力が抜けていく。
「美胡! 大丈夫!?」
 崩れかけた両肩を支えられた感覚が、渇を入れられたような圧覚に感じられ、遠退いた意識が戻ってくる。まだ虚ろな目をしながらも、はっきりとその意思を口にした。
「探さなきゃ……」
「美胡?」
「白ちゃんを探さなきゃ」
 きっとどこかで淋しそうにしている。きっと私を待っている。たった一人で泣いている。誰にも見つけてもらえない女の子。私が探してあげないといけない!
 部長に向き直る。
「すみません、今日は休みます」
「あ、ああ、分かった。次の部活はゴールデンウィーク明けだから、それまでゆっくり休むんだぞ」
「それならあたしも……」
「ううん、愛華ちゃん。答えは私が出さなきゃいけないから」
 その言葉を遮る。これ以上の心配をかけないように、穏やかな口調と笑顔で。それ以上、愛華ちゃんは何も言わなかった。
 美術室を出ようとした時、丁度入ってきた三石さんと立花さんにぶつかりそうになった。
「あ、ごめん」
 そのまま横を通り過ぎる。
「先輩。鈴川さんはいましたか?」
 三石さんの言葉で振り返る。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
 何一つ大丈夫ではなかったけど、そう言った。
 校内を探す。帰ったとか帰らないとか、入部するとかしないとかは、もう関係なかった。白ちゃんに会わなければいけないという強い意志のみが、私の足を動かしていた。白ちゃんと会ったのは、美術室と廊下だけだったし、私の前に現れなくなった今となっては、学校内にいるのかさえ分からない。すれ違う生徒達の顔はどれも白ちゃんではなかった。廊下、トイレ、特別教室、テニスコート、園庭……、他にも探せる場所には足を運んだけれど、白ちゃんは見付からなかった。
「もう、学校にはいないのかな……」
 廊下の窓から校庭を眺める。白ちゃんは、どこで何をしているんだろう。他にどこを探せばいいんだろう。
「あった……」
 この学校以外で、会えるかも知れない場所が一つだけあった。昇降口に走り出す。駅へと向かう生徒を追い抜きながら、その場所を目指した。彼女と最後に会った場所へ。



 まつみや公園の花壇には、今日も色とりどりの花が咲いている。小さい子供が二人、遊具で遊んでいるのが見える。二脚並んだベンチには、誰かが一人座っていた。それは、肩口までの茶色い髪だった。
(白ちゃん!)
 息も切れ切れに、ベンチへ駆け寄ろうと公園に入った時、期待が現実と入れ替わった。
「ほら、気をつけなさい」
 そこにいたのは、子供に注意する三十歳前後と思しき母親だった。
「あの、何か御用?」
 ベンチのすぐ隣に立ちすくんでいた私に、そう問いかけてきた。
「あ、い、いえ。すみません……」
 俯きながら答える。背格好は全く違うのに、同じ色の髪と同じ位置に座っているというだけで、勝手に白ちゃんだと思い込んでしまっていた。
「誰かと見間違えたの?」
 その人は、穏やかに微笑んだ。
「……はい。この前、ここに座っていたものですから……」
「そう。会いたい人に会えないのは、とても辛い事よね。でも、その人があなたと会うべき人なら、きっとまた会えると思うわ。そう信じていればきっと、ね」
 私がひどく淋しそうな顔をしていたのを見て、慰めてくれたんだと思う。だけど、たとえそれが根拠のない慰めであっても、今の私にとって、救いの手を差し伸べてくれたような、優しくてあたたかい希望の言葉だった。
「ありがとうございます……」
 深くお辞儀をして、公園を出る。白ちゃんにもう一度会いたい、きっと会える。そう胸に強く思いながら、また茶色い髪と白いカチューシャの少女を探し始めた。



作品名:ともだちのしるし 作家名:たかゆき