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ともだちのしるし

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 一瞬、愛華ちゃんが持つコーヒーカップが止まったのが見えた。今日は、そういう日じゃなかったのは分かっていたから、愛華ちゃんの気持ちを台無しにしてしまった事に、少し後悔した。だけど愛華ちゃんは、そのまま残ったカプチーノを飲み干すと、いつもと変わらない笑顔で答えてくれた。
「あたし? そうだなー。あたしの場合は、描いて描いて描きまくるか、全く描かないか。そのどっちかで脱出出来るかなー」
「描けないのに描くの?」
「もちろん、納得いくものは描けないよ。何度も何度も失敗する中で、自分の描き方を思い出していく感じ。"下手な鉄砲も数打ちゃ当たる"精神で攻めるか、"描きたい!"って感覚が来るまで描かないで待つか、って所かな。美胡は?」
「私は今まで、描けない時でもそれがスランプだと感じた事はなかった」
「ん? どういう事?」
 カップを置いた手が止まる。
「えっと……。私は描きたいものは心の中に浮かんでくるんだけど、心に浮かんでいない時は描きたいものがないという事で、"描きたいのに描けない"という感じじゃなかったから……」
「なるほどねー。で、今は逆に"描きたいのに心に浮かんでこない"状態に陥っている、と」
「うん……」
 「それはキツイなあ」と、椅子の背もたれにもたれ掛かって腕組みをする。愛華ちゃんは、天井の方を見たりクシャクシャと髪を掻いたり、また腕組みをしたりしながら、突破口を見付けようとしてくれている。私は、愛華ちゃんとカップの青い薔薇を交互に見つめながら、次の言葉を待っていた。
「んー、何が違うんだろうね」
「え?」
「いやね。描けていた時と今では、何が違うんだろうなーって。もしそれが見つかったら、描ける切欠になるかなーって」
「違う事……」
 何だか重い気持ちがフッと消えていくような、私自身が少し軽くなったような感覚が体の中を流れた。ただ不安しかなかった心に、小さな明かりが灯った気がした。何が違うのかなんて分からないけれど、今の私にはそれで充分だった。
「うん、ありがとう。今までにない感覚だったから、自分ではどうする事もできなくて。少し前に進めそうな気がするよ」
 雨の一日の中で、最初の笑顔だったような気がした。


 家に戻って、絵の具を通学用の鞄に入れる。あれから洋服とCDを見に行ったけど、二人とも何も買わなかった。でも、私の収穫は大きかった。
 部屋着に着替えてベッドに座る。顔を横に向けると、枕元に置いてある犬のぬいぐるみと目が合った。もうずっと昔に、母にせがんで買ってもらったものだ。本当は白いんだけど、もう随分と黒ずんでしまっている。また洗ってあげなきゃ。少し黒色の剥げた鼻をツンとつつく。胸に抱いて頭を撫でながら、愛華ちゃんの言葉を思い出していた。
 『描けていた時と今では、何が違うんだろうね』
 何が違うんだろう。筆が踊るように描けていた頃と、全く描けない今。白ちゃんに絵を駄目にされて怒鳴ってしまったし、確かに気持ちが違う。だから描けなくなったんだ。それは理解できている。ただ、あの時気持ちが軽くなったのは、他の何かを感じたからなんじゃないのかなあ? 他の理由を……。
 あの絵を描いていた時は、白ちゃんに悩まされながらも描けていたんだよね。流れるように筆が動いて、今までにない位に心を表現できていて……。そして白ちゃんが来なくなって……。
「あ……」
 白ちゃんがいないんだ。それが答えなのかは分からないけど、描けない今、白ちゃんは隣にいない。白ちゃんが隣にいたから、あんなにも素敵な絵が描けていたのかも知れない。白ちゃんが隣にいたから、あんなにも素直に心を映せていたのかも知れない。
 はっとして、壁に貼られたカレンダーに目を向ける。今日は二十九日。良かった、まだ間に合う。明日は入部届けの締切日。明日を逃せない。白ちゃんに入部を誘ってみよう。もちろん答えは彼女が出すべきだ。私は白ちゃんに怒鳴ってしまったし、白ちゃんは私に申し訳ない気持ちから入部しないかも知れない。でも、とにかく会ってみよう。ちゃんと謝ろう。そして、もし入部してくれたなら、良い先輩になろう。
「白ちゃん、入部してくれるかな?」
 ぬいぐるみに話し掛ける。その小さく丸い目で、真っ直ぐ私を見つめてくれていた。



作品名:ともだちのしるし 作家名:たかゆき