ともだちのしるし
セーラーのような大きな襟の付いた、雪のように白いミニのワンピース。深紅の薔薇を思わせる、深い赤色をした長袖のボレロ。胸元にはふんわりと結ばれた、大きな赤いリボン。ワンピースの襟と裾、ボレロの少し折り返された袖には、それぞれ赤と黒のチェック柄が入っている。黒いハイソックスと同色の革靴が、全体の可愛らしさを引き締めている。
制服の方が霞んでしまうかのような、存在感と輝きが彼女にはあった。才色兼備のアイドルと、好きな絵すら描けなくなった私。同じ制服を着ている自分が、何だか恥ずかしかった。彼女の周りには、胸元のリボンが緑の三年生と青い一年生。学年を問わず人が集まってくるんだな……。私もあの中に入ってみたい。それは無理でも、せめて後ろを歩いてみたい。
(あ、ポニーテールにしてる)
部活中には、邪魔にならないように束ねているのは知っていた。背中の青い尻尾が、足を進める毎に左右に揺れて、普段の大人っぽさから年相応の美少女へと、雰囲気を変えていた。
「どう?」
「どうと言われても……。緊張しちゃうだけだよ」
視線を下に向けると、膝に乗せられた指が忙しなく動いている。眼鏡のレンズもうっすらと曇り始めた。
「そっか。切欠になればと思ったんだけどね。それにしたって緊張し過ぎだよ、愛の告白をする訳じゃあるまいし。同じ高校生、同じ学年、同じクラスなんだし、美胡と何にも変わらないんだよ?」
「だ、だってー」
「琴葉ちゃーん、って手を振ってみなよ」
「む、無理だってば」
「じゃあ、あたしが声を掛けてあげよう。おーい! 琴……!」
「駄目だってば!」
愛華ちゃんの口を、飛び付くように手で押さえた。藤ノ宮さんとの接触以上に恥ずかしくて緊張する事態は、今の私にはない。あ、もし白ちゃんだったら、自分から藤ノ宮さんに声を掛けるんだろうな。そんな事が、ふと頭を過ぎった。自分からは何も出来ないくせに、白ちゃんに偉そうな事ばかり言って……。何様のつもりなの? 私って。
「ひぬー! ひぬぅーー!」
その呻きのようなくぐもった声で、反射的に手を離す。
「死ぬー! 口と鼻を一緒に押さえたら死ぬって!」
「あ、ご、ごめん!」
慌てて愛華ちゃんから離れ、座りなおす。
「いや、私の方こそチョットやり過ぎたかも。ごめん」
「あ、気にしないで。私のためにしてくれているのは嬉しいし……」
桜並木の方から、帰宅する生徒の声が小さく聞こえる。体育館の影はテニスコートまですっぽりと包み、一日の学校活動を終えようとしていた。
「テニス部のみんなも行っちゃったな。あたしらも帰ろっか」
「うん……」
愛華ちゃんと駅へ向かう道すがら、周りの電灯が点り出して夜の顔を見せ始めた。いつもの住宅街の、いつものまつみや公園の前を通る。もしかしたらとベンチを横目に見ても、近所の子供らしき人影がブランコを揺らしているだけで、白ちゃんはいなかった。こんな時間だし当然だとは思いながらも、また座っていてくれたらと期待している自分がいた。
「もし、アイドルと友達になったら描ける様になるかな?」
「それ、切欠というより、私の一番の願いが叶っちゃってるよ」
「あ、そっか。まあ、そのうち描ける様になるよ。焦らずいこう」
「……うん、ありがとう」
また絵を描けるようになるのだろうか。白ちゃんは次の部活に姿を見せるのだろうか。藤ノ宮さんと言葉を交わせる日は来るのだろうか。私は、一体どうすればいいんだろう……。答えはおろかヒントさえも見付からないまま、夜に呑み込まれてしまいそうなくらい不安だった。