天秦甘栗 用意周到3
秦海は一週間後と、のたまったが査察部の課長に呼び出された天宮は今週の土曜と聞かされて、血の気が引いた。あと5日しかない。一課の課長と査察部の部長、はては国税庁のトップである国税庁長官からも、お祝いのお言葉を頂いた。さすがというか、秦海家の力はたいしたもので、この忙しい長官が土曜の式に出席するからと、出席のご返事まで頂いた。
「しかし天宮くんが、あの秦海氏と恋仲とは知らんかったよ。よくも今までバレなかったものだ」
部長の部屋に招き入れられた天宮は、ありがたい部長のお言葉を承っている。部長の隣には、総務課長と人事一課の課長も同席している。
「天宮課長、申し訳ないがこの1カ月で、あなたの方の仕事にキリをつけて頂きたい」
人事課長は、単刀直入に要件を切り出した。1カ月後に配置転換をさせようというのだ。
「本省へ戻って頂くにしても、今すぐといわけにはいきません。とりあえず、総務課へ移って頂きます」
人事一課長の言葉に、天宮は「なぜです」と尋ねた。
「財界の実力者の息子と国税庁査察部課長が夫婦ではまずいだろう。守秘義務が破られてると言われるのは、目に見えているからね」
「分かりました。では、この1カ月のうちにわたくしの方の処理事項をかたずけておきます」
「おめでたい話に水を差すようで申し訳ないが、これもお役所のおきてというやつでね」
さすがに年期の入った人事一課長は、同情したような声をあげているが内心はおかしくもなんともないだろう。
天宮は悲しそうに下を向いていたが、内心やったあと声をあげていた。
その日、とっとと秦海家に帰った天宮は、居間で秦海を見付けて走り寄った。
「もう誓約書の効力は発してるよね、秦海」
「ああ、もちろんだ。何かあったか? 天宮」
「職場が変わるの、秦海と結婚すると。それって約束に触れてるよねっ!!」
テレビを見ていた秦海は立ち上がって自分の部屋から誓約書を取って来た。
「どこに触れるんだ?」
「「仕事の邪魔をしない」に」
「そうかなあ、別に天宮の場合、時期が来れば財務省に戻るのだから問題ではないだろう。それとも一生国税庁にいるつもりだったのか?」
再び、秦海は誓約書を自分の部屋に戻しに行ってしまった。
「でも、結構気に入ってたのよ。重箱のすみをつっつくような仕事が!!」
長い廊下の向こうに、大声で天宮は叫んでいるのだが誰も聞いてはくれない。執事の井上だけは、少し残念そうな顔をして側に立っているのだが、それは別の意味で残念そうなだけであるようだ。秦海が戻って来て「大声を出さなくても聞こえている。官僚はそういう細かいことを気にしない方がいいぞ」と、天宮をなだめた。
「天宮様、お食事の用意は出来ておりますよ」
秦海の言葉のすぐ後で、井上は言葉を続けた。
「そう言えば、おなかすいた。ねえねえ井上さん、今日は何?」
ついつい食事の方に気がいってしまう天宮である。
「はい、天宮様のお好きなものばかりですよ」
何を言っても、いきなり嫁がされた天宮を不憫におもう井上は天宮の好物ばかりを用意していた。
あれよあれよという間に、結婚式の日は来てしまった。
「天宮、起きろ!」
「んー」
声をかけたぐらいで天宮は起きない。秦海のお願いに「朝食を一緒に食べよう」というのがあるのだが、これも毎日、秦海と井上が必死に起こして食べさせている。本来なら、もうすでに7回は「秦海のいうことを何でもきく」は実行されているのだが、一応それは秦海が保留している。結婚式当日の緊迫感などありはしない。あくまでマイペースに暮らしている天宮は、一度くらいのかけ声では起きない。その様子を前日から泊まっていた深町が、あきれて見ていたが、ようやく行動を起こした。
「秦海さん、あますぎる!そんなもんで天宮が起きるかい!」
天宮の寝ているベッドの側に寄って、ひょいと片足をあげると、そのまま天宮の腹部があると思われるところへおろした。ぐえーという声がして天宮が飛び起きた。
「何すんのよ!えりどーん」
飛び起きはしたのだが、低血圧なので反撃は出来ない。くらくらと回っている頭で、天宮はぼやーっと深町を見る。秦海と井上は思わず拍手しそうになった。毎日、十回は声をかけないと起きない天宮が一度で起きたのだ。(多少やり方に問題はあるが…)
「さあ天宮、起きてくれ!今日は忙しいんだ」
「んー、なんだっけ?」
「おまえの結婚式やろーがっっ!!」
秦海が言う前に、深町が背中にケリを一発入れた。すさまじいなあ、と秦海は目を見張る。
「さっさと起きて、顔を洗い!!」
「結婚式ってー、えりどんがスピーチするやつ?」
「んだよ」
おまえが言ったんだよ、ともう一度深町がケリを入れてやっと天宮はベッドを出た。
「あのー、深町様」
天宮が洗面台に歩いていった後で、おそるおそる井上は深町に声をかけた。
「いつも、あのように起こされるのですか?」
「いえ、急ぎのときだけ。井上さん、天宮は2発目までは覚えてませんよ」
まさか、と井上は思ったが、顔を洗って帰ってきた天宮は「朝から一発殴ったね」と深町に言った。
「ねっ?」と深町は隣の井上に笑いかけた。
普通、花嫁は式の2時間前、花婿は1時間前に式場に入るものである。しかし、この花嫁は花婿と一緒にやって来た。タイムリミットまで、あと1時間である。早く早くと秦海と深町に手を引かれて、式場の花嫁控え室に向かっているところへ、ずらっと10人の女性が道をはばんだ。
「秦海さん、御結婚おめでとうございます。いったい、お相手の方はどちらのご令嬢ですの?」
通称、秦海ストックスである。一度にこれだけ揃うと壮観である。長身に長髪、お水系の方々は、きらびやかな衣装に身をつつんでる。
「わたくしたちに、ご紹介頂けませんこと?秦海さん」
「ああ、もちろんだ」
彼女たちの眼中に、天宮と深町は入っていない。深町は一応、身だしなみも服装も整えているが、天宮はまだ髪もそのままで、服もジャンバーにジーンズである。
「どちらですの」
「ここにいる。おい天宮」
「んー?」
「この天宮が、俺の妻になる」
ストックさんたちは呆然と立ち尽くしている。ボロボロ状態の天宮を見て絶句したのだ。
「だが、君たちとの付き合いも、そのまま続けたいと思う。まあ、暫時ということになるが」
天宮が、ちゃんと妻になるまでは秦海にはストックさんが入り用である。なにせ夫人同伴のレセプションやパーティといったものがゴマンとあるのである。ついでに天宮の同意があるまでのお相手もお願いしたい。
しかし誓約書の存在を知らないストックさんは、事実を誤解して認識した。天宮が、見せ掛けの妻の地位についたと思ったのだ。彼女たちは、妖艶な笑みを秦海に向けた。側の深町は、げえーと後ずさった。
「それは、おかわいそう。お父様から、こんな女性を無理やり娶るように命令されたのですね」
「わたくしは、いつまでもあなたのものですわ」
10人のストックさんたちはかわるがわる秦海にお悔やみのような言葉を述べて去っていった。
「何か違うな」
秦海は女たちの言葉に首をひねったが、時間が押しているので、そのまま慌てて天宮を控え室に放り来んだ。
「深町さん、あと頼みます」
「りょうーかい」
「しかし天宮くんが、あの秦海氏と恋仲とは知らんかったよ。よくも今までバレなかったものだ」
部長の部屋に招き入れられた天宮は、ありがたい部長のお言葉を承っている。部長の隣には、総務課長と人事一課の課長も同席している。
「天宮課長、申し訳ないがこの1カ月で、あなたの方の仕事にキリをつけて頂きたい」
人事課長は、単刀直入に要件を切り出した。1カ月後に配置転換をさせようというのだ。
「本省へ戻って頂くにしても、今すぐといわけにはいきません。とりあえず、総務課へ移って頂きます」
人事一課長の言葉に、天宮は「なぜです」と尋ねた。
「財界の実力者の息子と国税庁査察部課長が夫婦ではまずいだろう。守秘義務が破られてると言われるのは、目に見えているからね」
「分かりました。では、この1カ月のうちにわたくしの方の処理事項をかたずけておきます」
「おめでたい話に水を差すようで申し訳ないが、これもお役所のおきてというやつでね」
さすがに年期の入った人事一課長は、同情したような声をあげているが内心はおかしくもなんともないだろう。
天宮は悲しそうに下を向いていたが、内心やったあと声をあげていた。
その日、とっとと秦海家に帰った天宮は、居間で秦海を見付けて走り寄った。
「もう誓約書の効力は発してるよね、秦海」
「ああ、もちろんだ。何かあったか? 天宮」
「職場が変わるの、秦海と結婚すると。それって約束に触れてるよねっ!!」
テレビを見ていた秦海は立ち上がって自分の部屋から誓約書を取って来た。
「どこに触れるんだ?」
「「仕事の邪魔をしない」に」
「そうかなあ、別に天宮の場合、時期が来れば財務省に戻るのだから問題ではないだろう。それとも一生国税庁にいるつもりだったのか?」
再び、秦海は誓約書を自分の部屋に戻しに行ってしまった。
「でも、結構気に入ってたのよ。重箱のすみをつっつくような仕事が!!」
長い廊下の向こうに、大声で天宮は叫んでいるのだが誰も聞いてはくれない。執事の井上だけは、少し残念そうな顔をして側に立っているのだが、それは別の意味で残念そうなだけであるようだ。秦海が戻って来て「大声を出さなくても聞こえている。官僚はそういう細かいことを気にしない方がいいぞ」と、天宮をなだめた。
「天宮様、お食事の用意は出来ておりますよ」
秦海の言葉のすぐ後で、井上は言葉を続けた。
「そう言えば、おなかすいた。ねえねえ井上さん、今日は何?」
ついつい食事の方に気がいってしまう天宮である。
「はい、天宮様のお好きなものばかりですよ」
何を言っても、いきなり嫁がされた天宮を不憫におもう井上は天宮の好物ばかりを用意していた。
あれよあれよという間に、結婚式の日は来てしまった。
「天宮、起きろ!」
「んー」
声をかけたぐらいで天宮は起きない。秦海のお願いに「朝食を一緒に食べよう」というのがあるのだが、これも毎日、秦海と井上が必死に起こして食べさせている。本来なら、もうすでに7回は「秦海のいうことを何でもきく」は実行されているのだが、一応それは秦海が保留している。結婚式当日の緊迫感などありはしない。あくまでマイペースに暮らしている天宮は、一度くらいのかけ声では起きない。その様子を前日から泊まっていた深町が、あきれて見ていたが、ようやく行動を起こした。
「秦海さん、あますぎる!そんなもんで天宮が起きるかい!」
天宮の寝ているベッドの側に寄って、ひょいと片足をあげると、そのまま天宮の腹部があると思われるところへおろした。ぐえーという声がして天宮が飛び起きた。
「何すんのよ!えりどーん」
飛び起きはしたのだが、低血圧なので反撃は出来ない。くらくらと回っている頭で、天宮はぼやーっと深町を見る。秦海と井上は思わず拍手しそうになった。毎日、十回は声をかけないと起きない天宮が一度で起きたのだ。(多少やり方に問題はあるが…)
「さあ天宮、起きてくれ!今日は忙しいんだ」
「んー、なんだっけ?」
「おまえの結婚式やろーがっっ!!」
秦海が言う前に、深町が背中にケリを一発入れた。すさまじいなあ、と秦海は目を見張る。
「さっさと起きて、顔を洗い!!」
「結婚式ってー、えりどんがスピーチするやつ?」
「んだよ」
おまえが言ったんだよ、ともう一度深町がケリを入れてやっと天宮はベッドを出た。
「あのー、深町様」
天宮が洗面台に歩いていった後で、おそるおそる井上は深町に声をかけた。
「いつも、あのように起こされるのですか?」
「いえ、急ぎのときだけ。井上さん、天宮は2発目までは覚えてませんよ」
まさか、と井上は思ったが、顔を洗って帰ってきた天宮は「朝から一発殴ったね」と深町に言った。
「ねっ?」と深町は隣の井上に笑いかけた。
普通、花嫁は式の2時間前、花婿は1時間前に式場に入るものである。しかし、この花嫁は花婿と一緒にやって来た。タイムリミットまで、あと1時間である。早く早くと秦海と深町に手を引かれて、式場の花嫁控え室に向かっているところへ、ずらっと10人の女性が道をはばんだ。
「秦海さん、御結婚おめでとうございます。いったい、お相手の方はどちらのご令嬢ですの?」
通称、秦海ストックスである。一度にこれだけ揃うと壮観である。長身に長髪、お水系の方々は、きらびやかな衣装に身をつつんでる。
「わたくしたちに、ご紹介頂けませんこと?秦海さん」
「ああ、もちろんだ」
彼女たちの眼中に、天宮と深町は入っていない。深町は一応、身だしなみも服装も整えているが、天宮はまだ髪もそのままで、服もジャンバーにジーンズである。
「どちらですの」
「ここにいる。おい天宮」
「んー?」
「この天宮が、俺の妻になる」
ストックさんたちは呆然と立ち尽くしている。ボロボロ状態の天宮を見て絶句したのだ。
「だが、君たちとの付き合いも、そのまま続けたいと思う。まあ、暫時ということになるが」
天宮が、ちゃんと妻になるまでは秦海にはストックさんが入り用である。なにせ夫人同伴のレセプションやパーティといったものがゴマンとあるのである。ついでに天宮の同意があるまでのお相手もお願いしたい。
しかし誓約書の存在を知らないストックさんは、事実を誤解して認識した。天宮が、見せ掛けの妻の地位についたと思ったのだ。彼女たちは、妖艶な笑みを秦海に向けた。側の深町は、げえーと後ずさった。
「それは、おかわいそう。お父様から、こんな女性を無理やり娶るように命令されたのですね」
「わたくしは、いつまでもあなたのものですわ」
10人のストックさんたちはかわるがわる秦海にお悔やみのような言葉を述べて去っていった。
「何か違うな」
秦海は女たちの言葉に首をひねったが、時間が押しているので、そのまま慌てて天宮を控え室に放り来んだ。
「深町さん、あと頼みます」
「りょうーかい」
作品名:天秦甘栗 用意周到3 作家名:篠義