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Please tell me.

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Please tell me.

「塾長、急で申し訳ありません。一身上の都合により講師のバイトを辞めさせてもらいたいのですが」
 僕がバイトしている塾の事務室、塾長の机に向かい僕はスーツ姿で直立している。向かい合う壮年の塾長は険しい顔で僕を見つめている。
「小林君、この塾は人手が足りない、特に今は夏期講習の時期です」
「……分かっていますが」
 沈黙。周りのデスクで準備などをしている他の講師の人たちも固唾を飲んで見守っている。
「理由はなんですか?」
「理由、ですか」
 正直なところ、塾講師を辞めたい理由を話してしまうのははばかられる。
「ええ。ただ単に一身上の都合などと言われて、はいそうですかと大事な人手を逃すわけにはいかないんですよ」
 塾長の視線が僕を貫くかのように射抜いていた。
「僕は……」
 はばかられるが、仕方ないことだと、言わなければならないのだと自分を奮い立たせ僕は口を開いた。
僕は、恋をしてしまったのだと。


 カリカリとペンが走る音、生徒の質問と講師の解説、時折の雑談が響く教室。この塾では講師一人が三、四人の生徒を持つ、いわゆる個別指導の形態をとっている。
 その中で僕は今日担当している生徒の一人望月を見ていた。勿論それは指導という意味で。
 だが、別の意味が全くないわけではない。軽くウェーブの掛かったセミロングの黒髪を時折掻き分ける姿、その指、真剣な瞳、うっかりしているとそれら全てに目を奪われそうになる。
「……重症だな」
「ん?どうかしましたか?」
 ぼそりと呟いた言葉に反応した彼女が顔を上げる。
「いや、そろそろ他の子らも見ないとなって」
事実、彼女はここまで、特にひっかかることもなくすらすらと解いている。そろそろ別の生徒が困っている頃だろうから、ボロが出る前に退散する言い訳に嘘はない。
「そうですか、それじゃあその前にここ、採点してください」
 言われ、僕は彼女の答案を受け取ろうとした瞬間、
「コバセーン、分かんないから教えて」
と、少し離れた席から僕が持っている別の生徒が声をあげた。
「仕方ないな、すまん望月、後で来るから進めといて」
 はいはいと、腰を上げ生徒の元へと向かう。望月の若干不満そうな顔が頭に残りながら。
「ちゃんと小林先生って呼んでくれよな」
作品名:Please tell me. 作家名:硝子匣