ブローディア冬
冬の番外-ミカン
「生で見たの初めてかも」
「そう?」
俺の布団の枕元にあるのはミカン箱。居間に二箱あった少ない方を、石間が来るってことで移動させていたんだ。
「これ腐る前に食いきれんの?」
「ほら」
「げ」
「腐ってるヤツは抜いて食うの」
ダンボールを撫でながら石間は俺を見た。石間の耳にピアスが一個付いていた。はじめて見たのに、違和感なくかっこいいと思った。かっこいい同士の掛け算は倍々だ。なんかずるい。
「石間それ、耳の。開けたのか」
「江差がやってくれた」
「……痛そうだな」
「木野はやるなよ」
はい、なんだそりゃ。
「いわれなくてもやらないし……」
ガラじゃないし、石間を追いかける勇気もないし。追いかける積もりがなくてもそう見えるのは恥ずかしい。そもそもずっと追いかけ続けているわけだし。それに、俺のガラじゃない。
「ミカンいっこイタダキ〜」
「それ裏が緑色になってるよ」
「うげっ、でろった!」
「石間んちはミカン、箱で買わないのか?」
ふつー買うの? とミカンをほうばる口が答えてくれる。唇と歯の隙間からピッと汁が飛んで、俺の目を直撃した。
「あたっ」
「あ、ワリ」
ゴシゴシと擦った目を開けたら、石間の鼻が目の前にある。舌がはみ出ている口があいて、俺の瞼に食いついた。
「????!」
「えろっ」
舐めたときの漏れた声なのかエロいって言ったのかはよくわからない。でも石間はまつげを舌で弄りながら笑った。この吐息は、笑ったやつだ。
「石間、かゆい」
「だから舐めてる」
「…それがかゆい」
それよりも本当は石間の息が熱くてどうにかなりそうだった。
おかえしだ、と、俺は石間のピアスにかじりついた。かじりついたつもりが耳朶全部を口に含むはめになって、うろたえる。石間はパッと身を剥して俺に向き直った。
目の端が相変わらず痒い。
「そゆことすんな、木野」
「石間のおかえししただけなんだけど」
石間は髪をくりくりとやりだした。
「それを狙ってたっつうか……いやでも反則っす、ううん……」
「石間、なにブツブツ言ってんの」
痒い目を擦りながら石間に問うと、その手をどかされて正面から見つめられた。
「新年じゃん」
「うん、あけましておめでとう(…さっきも言ったけど)」
「木野の今年の抱負は?」
「抱負は口に出さないタイプなんだ俺。石間は抱負あんの?」
「ある」
「そっか」
ミカン箱がどかされて、俺の胡座の隙間に正座した石間の膝が入り込む。
「木野と一緒にいたい」
え?
「今年はずっと木野のそばにいたいんだ」
「……石間」
「冬休みも春休みも、クラスが変わったとしても、夏休みもずっと」
「……」
一つの束だけがあらぬ方向へひんまがった石間の髪に触れたら、石間が困ったように笑って、またその手を掴んできた。
「石間の抱負、叶うといいな」
「人ごとかよ」
関節に石間の唇が吸い付いて離れる。
ずるい。石間とキスした俺の指に嫉妬したりして……。
「俺、さっき言った通り、抱負は口に出さないんだけど」
「ん?」
「石間にはこっそりおしえてあげるよ」
やがて降ってきた沢山のキスは、ミカンの味がした。
おわり