ブローディア冬
明日の朝使う洗面道具と着替えだけを鞄から出して、後は全部突っ込む。筆入れも暖か靴下も、あ、ネコの枕はまだ出しておかなきゃなんないけど。
寒いのを堪えてパーカーを脱いで、パジャマに手を伸ばしたところで石間に肩を叩かれた。冷たい手でびくっとする。
「石間。なに?」
「これ、ずっと渡しそびれてたんだけど」
すまなそうに渡してきたのは、いま石間が着ているパジャマと色違いのパジャマだった。石間はチャコールグレーで、こっちは白。
「え」
「おそろい、どうしても着たくて」
「石間、おそろい好きだもんな」
「悪いかよ」
悪くないけど恥ずかしいんだよなあ。と、思い出した寒さにブルブルっと震えた。すかさず石間はパジャマのボタンをぶちぶち外して、俺の肩からがばっとかけた。かけたというか、抱き込まれたというか。
「木野」
「うん?」
「楽しかったな」
「うん、ありがとう」
冷たかった肩からじんわりと暖かさが染みて来る。ばあちゃんちに来てからずっと付けていなかったらしい香水の香りがフワリと届いて、なんだか急にバクバクと心臓が暴れ出すような感じになる。
「い、石間。俺これ着るよ」
「ああうん」
なんとか石間に離れて貰って、でも視線を感じる。急いでズボンからパジャマに足を通して気付いたんだけど、白いパジャマだとパンツが透けるんだよ。バッチリ。
「木野の柄パンはチェック」
「なんだよ、さっきフツーに見ただろ」
「見たけど」
「もう、布団入ろう」
石間がクスクス笑っている。口の端だけ持ち上げて、ヨユーっぽくて、くやしいけど格好いいんだ。おそろいが好きな乙女趣味のくせにさ。
「今日は最後の夜だから、決めてるんだ」
「なにを」
答える前に石間は枕を寄せてきた。
「じゃあ俺のパンツの柄は?」
「石間の? 紺か黒だっけ。ゴムのとこ文字が入ってるヤツ」
「当たり」
そう言って石間はまた笑った。頬が赤くなってて、かわいいとか思ってしまった。
「じゃあさ、その中は何があるでしょう」
「はあ? ち」
「シーッ!」
「むがっ」
ここで石間が口を押さえてくるってことは、ばあちゃん達には聞かせられない……恥ずかしい話ってことだよな。
恥ずかしくて「ち」から始まる言葉ってやっぱり。
「脱がしてもいい?」
「今穿いたばっかりなのに」
「だから汚くないだろ」
「汚くないけど。え、脱がすとか何」
ニヤニヤと石間が笑う。
「決めてるんだ。最後の夜までに、直に触るって。この間は……な?」
「いや……いや、ここばあちゃんちだぞ」
「じゃあ木野の部屋がいい?」
「無理無理無理」
「じゃ、俺ん家か」
「そんな無茶な」
恥ずかしい行為っていうのは、いかがわしい感じのホテルか車の中でやるものだと思っていた。
俺はホテルに行けるほど小遣いはないし、車なんか持ってるわけは無いし。
……そういえば高校生ってどーやってやってんだ?
バイトしてやんのかな?
腰パン茶髪軍団には、庶民にはわからないルートがあるのか?
「木野、だめ?」
そもそも石間は、その腰パン茶髪軍団の中心人物ではないか。
俺は思わず後ずさった。
「そういうことって、こういうなんの変哲もないところでしていいのか?」
「……木野」
「なに」
「いや」
「馬鹿にしてるだろ」
「いや、愛しいなと思っただけ」
また「愛」だ。
恥ずかしくなって、石間に抱き付いた。石間の黒い……でもだいぶ明るくなってしまった髪の毛に鼻をうずめてスーンとやる。石間は俺の脇のあたりに鼻を当ててぐりぐりとやる。
一枚の布団のなかでもぞもぞ動き回って汗をかいて、なんとなく目が合って笑いあった。
「木野、好きだ」
「うん、俺も好きだ」
そして途方もなく、愛している。
ブローディア冬・おわり