生きている人死んだ人
生きている人間に会うにはどうしたらいいか。
私は、私が死んでから五年間、ずっとそんなことを考えている。
私がいくら傍に寄り添っても、生きている人間は私の存在に気付かない。ごくたまに、私のことを感じ取れる人もいるようだけど、それは私の会いたい人ではない。
生きているとき、この世に幽霊というものが存在するなどとは思わなかった。私の世界には私の認識できる生き物しかいなかったのだ。我ながら狭い世界で生きていたと思う。もし今あの頃に戻れたら、私はもっと有意義に人生を過ごせるはずだ。ありえない話だけど。
私には、会いたい人が一人だけいる。
高校時代の友人。
友人でありたかったわけではない。だけど私には勇気がなかった。友人以上の関係になるために行動する力がなかった。友人という関係に、甘んじたのだ。友人であればずっと傍にいられる。互いに得難い存在であり続けることができる。言い訳と打算の間にいるのは辛く、けれどそれと同じほど楽でもあった。
私は意気地のない人間だ。汚い人間だ。人に好かれるのも嫌われるのも怖がって、無気力な人間を演じ続けた。人を期待させるのが恐ろしく、自分の知らないところで失望されるのが耐えられなかった。
私の人生のほとんどは無為だった。
無為でなかったのは、そう、友人と過ごした日々だけだ。たった三年間。一緒に過ごした時間だけを数えれば、それよりももっとずっと少ない。
私はずっと、生きている人間に会うにはどうすればいいか考えている。
もし会えたならどうするか、そんなことばかりを考えている。
大好きだと伝えたい。愛していると伝えたい。本当はずっと、愛していたのだと。伝えることができたら、私はきっと静かに消えることができるだろう。
けれど、心に残るのはヒイラギ君の言葉だ。それが、私が最後に聞いた言葉だからかもしれないし、私の心を深く突き刺す言葉だったからかもしれない。
普通ではない、と、彼は言った。
おかしい、と、彼は言った。
傷つくだけだからやめろ、と、彼は言った。
とても悲しそうな顔をしていた。傷ついたのは私の方なのに、彼の方が私よりもずっと辛そうだった。
ヒイラギ君が私のことを好きだということには気づいていた。気付いていたけど何も言わなかったし、ヒイラギ君も何も言わなかった。彼は私と一緒だ。怖がりで意気地のない人間。
ああ、千幸に会いたい。会って話がしたい。愛していると伝えたい。
けれど私は本当に、彼女に伝えることができるのだろうか? 私は、千幸が私に気付かないから彼女の傍にいられるだけだ。彼女が私の存在に気付けば、きっと私は逃げ出すだろう。死んでからいろいろと後悔することもあるし死ぬ前よりもまともな考えができるようになったとも思うが、根本なんてそう簡単に変わるものではない。死ねばなおさら、成長なんてできるはずがない。
私が会いたいのはただひとりだけ。でも生きている人間と死んだ人間が会う方法なんて、どこを探してもないだろう。
私はその事実を悲しく想い、それと同じほど幸福にも思うのだ。
作品名:生きている人死んだ人 作家名:ラック