眼鏡星人生態調査報告手記
またしても、ぶつっと電話はなんの前触れもなく切れた。通話くらい、きちんと終えられるようになって欲しい。あてつけはもう結構だぞ、舘。
しかし、この星が暮らしやすい場所で本当によかった。
短くなるが、一年弱ぶりの報告をする。
子どもが生まれた。男児で、眼鏡をかけての出生である。どうやらこちらの星の遺伝子は強力なものらしく、もうしばらく様子を見たほうがいいかもしれない。しかしながらこれでこちらでの任務をほぼ完遂したので、以降の対応についてはそちらからの要請を待つことにする。私としては、監査官を送って貰って、配置するのがいいのではないかと思う。
今回も写真をつけておくので、デーに組み込む場合は使って欲しい。
[添付ファイル 子ども(眼鏡星).tiff]
『お子様のご生誕おめでとーございーます!』
電話は、翌日深夜にかかってきた。ずいぶんと早い対応に驚いたが、他の星が滞っているのかもしれない。
いつのもように、外に出た。
『えっと、第何子だっけ?』
「第一子だろう」
『そうじゃなくて、合計で』
「ああ、そっちか。第二千七百九十八子だ。どこの星の誰との子か、それと名前も最初から記憶している」
『うわあ、すげえ……なんかもう、国が作れる勢いだよね。でもさあ、うちの祖先様のすげーことを考えるよね』
「ああ、『武力を用いない全宇宙征服計画』だろ。それで今の組織を練り上げたんだからすごいとは思う」
『どんどん他星で子孫作って自分らの遺伝子を植え付けてくってさ、なかなか武力的だと俺は思うんだけどさ……しかし武力嫌いだからって生殖に持ってったご先祖様、すごいわあ。それに『AST』も無理あるよね。T取って来るところがさ、『LABORATORY』と『MASTERS』で変なとこにあんじゃん? よくバレないよね』
「今の体勢が整ってるからだろ。それに本部が選ぶ対象者はしっかりしいているが、どこか抜けている女が多いだろう」
『うまいこと選ぶよなあ。伊達に宇宙征服しようとしてないよね、うちの星。今、掌握してない星のほうが少ないでしょ? しかも支配されてるの知られてないし』
「征服される側も心安らかだろうな。この前、征服子孫が王族になったんだろ、そういえば」
『情報早いなあ、さすが。うんうん、順調でいいことだよね。まこちゃんも敏腕だし。そんで、今後の予定だけど』
「もう方針出たのか。今回はやけに早いな。二千五百は星回ったが、一番早い」
『立て込んでないんですよ、今のとこ膠着状態でね。んで、まこちゃんには任務続行命令が出てるよ。こっちの血が勝つまで監視するのと、あと五人ほど生ませてくれだそうです。あと観察員も送るって』
「長くなりそうだな。二人目の対象者のめどは?」
電話の向こうでふっと笑い声が起きる。どうしたと問うと、笑いを堪えながら舘が話す。
『いや、クールすぎるなあと思ってさ。もーはい次、みたいな? 相手の子は本気なのにとんだ結婚詐欺だよ』
「こっちも本気なんだ、仕事には」
『重々、承知しております。次の奥さん候補はもう転送してあるから、あとでメール見といてください』
「わかった。今のところからはもうしばらくしたら退散する」
『はいはい、じゃあ、また二件目懐柔後に報告書で会いましょ。……あ、最後に一つ』
「なんだ」
『第二千七百九十八子のお名前は?』
急にトーンを落とし、舘が真剣味を帯びた調子で尋ねてくる。子どもの名前は、相手方につけさせている。私には、愛着がないからだ。
「平和とかいて、ひらかず」
『おお、これは皮肉な。ま、平和ですよね、確かに。うまくいってるってことかなあ。そいじゃあ、まこちゃん、頑張ってねー』
ぶつっと、やはり電話は切れた。いい加減慣れてきて、腹立たしいとも感じなかった。報告から舘との電話の一連の流れは悪くないものだと思う。いい意味で、気が抜ける。肩肘張ったままでいると失敗も多くなるのだ。
言われた通り、メールを確認すると二件目の対象者データが送られてきていた。今度は緑地のほうらしい。次の報告は、一ヶ月以内にできるだろうか。
ふうっ、とため息をつき、眼鏡をかけた。舘にはああ言ったが、善は急げ、である。
『武力を用いない全宇宙征服計画』――母星の理念達成のためには、どんな残虐な行為も辞さない覚悟でいること。それが現地調査員、本名称『征服計画実行員』の信念である。
了
作品名:眼鏡星人生態調査報告手記 作家名:こがみ ももか