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こがみ ももか
こがみ ももか
novelistID. 2182
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眼鏡星人生態調査報告手記

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舘、君は私に「顔はいい」と言うが、それがからかっていたのではないのだといつもこの瞬間に思う。君もたまには素直にものが言えるんじゃないか。調査に役立つ顔でよかった。私自身はあまり、鏡に興味はないが。
「宿を探してらっしゃるんですか。でしたらどうぞ、このリビングでよろしければ、お使いください……」
ぼそぼそと呟くようにいった彼女に、私は心からの感謝を述べた。

二、三日雪見の話を聞いたものをまとめ、いったんそちらに送る。次の報告時期は「任務」遂行状況によるため、一月単位で前後する可能性がある。確認が必要なら電話をお願いする。
では、彼女についての報告に移る。
雪見、三十歳、独身、配偶予定者なし、家族構成は本人のみ。これは両親が共に数年間事故で他界し、親類との付き合いもなかったためである。現在両親の遺産である家に一人住まいで、仕事は銀行員、窓口で働いている。内気であり、あまり向いていない仕事だと感じているようだ。
帰宅し、出迎えてくれる人が絶えていたことを寂しく思っていたらしく、私が玄関に迎えに行くとほっとしたように笑った。たまに食事を作って待っているとさらに喜んで、美味しいと言って食べてくれる。養成学校の料理教室の意味をしみじみと理解するのもまた、この瞬間である。よくよく考えてみればあの学校は、なにからなにまで行き届いた、痒いところに手ばかりか足までもが届くカリキュラムを組んでいたように思う。
脱線してしまった。話を戻そう。亡くなった両親に孫の顔を見せられないかもしれない、と初日に語っていたが、近頃では見せたい、に言い換えられている。
どどのつまり、彼女との仲は良好である。
以上、第一回目の報告とする。


数日後、通信室から電話がかかってきた。舘である。ちょうど彼女が仕事に出ているときだったが、念を押して外で通話をする。
『まこちゃん、まこちゃん報告書読んだよ! いやあ、相変わらずイラッとくるほど華麗な仕事ぶりでなによりッス!』
「まこちゃんはやめろ、舘」
『じゃあ、せ』
「そっちはもっとやめろ! ……それで、なんの用だ」
私は自分名前が大嫌いだった。こと舘に言われると問答無用で蹴倒したくなるほどである。イラッとするのはこっちだ。
『ああそうそう、読んだぜって報告の電話です』
「報告はいらないといつも……無駄な電波を消費するな。資源と時間の無駄だ」
『まあ、まあ、そう言わずに。こっちなんかあれですよ、ずううううっとあのちゃらんぽらん室長とご一緒ですよ。もー疲れちゃうからさあ、たまには話し相手になってくれてもいいじゃないですか。基礎情報以外物忘れ激しいんだよ、あの人。それに原間さんは? 全宇宙の女の子と? イッチャイッチャイッチャイッチャするじゃないッスか、いつもー』
現在、室長は不在らしい。でなければこんなに彼の口は回らない。名前の通り、室長の真の顔は鬼のようである。
舘の適当な喋り方には無性に腹が立つ。やはりなんとかして欲しい。もしくは、担当変えか。それもまた億劫なのだが。
「仕事だ。しかも人型でない星もあるんだぞ、わかってるのか君は」
『そうそう、そこ! そこなんだよ、俺が調査員学校断念した理由! どろーんとしたジェル状星人とかうねうねしたパープル触手星人とか俺、絶対相容れないもん! 調査続行無理無理!』
受話器を握り締め、ぶんぶん首を振る舘の姿がありありと想像できる。そうだ、宇宙は広い。眼鏡星は我々と同じような形をしているが、これまで調査に赴いたところでは動物ですらない形状のものが住んでいたりしたのだ。どんな住人とも友好的に接しなければならない。それが現地調査員の使命である。
「君は一生通信員だな」
『まあ向いてるからいーんですがね? まこちゃんの報告書を読むといいなーって思うわけ。人型限定で』
「……馬鹿だな」
『はい、馬鹿ですがなにか。んー、で、次の報告はいつ頃で?』
今までの経験を踏まえ、頭の中でカレンダーと時計がせわしなく動き回る。一年、はかからない。半年、もしくはそれ以下か。
「半年内、というところだ」
『あーもーほんっとに華麗なお仕事ぶりですこと! 舘尊敬しちゃう!』
「気持ち悪い声を出すんじゃない切るぞ」
『どーぞー! そろそろ鬼がお昼から帰ってくるんでね。じゃあ、引き続き頑張っておくれ』
返答をする前に、ぶつっと電話が切れた。あれでいて舘は私より年下なのだが、仕事をはじめたのが同時期である。そのせいか同期意識があるらしく、口調を正せとかそういう小言が効力を持ってくれない。まああれはあれで、今さらかしこまられると妙ではあるが。
――半年内。
胸の裡で繰り返し、すっかり自宅と化した家に戻った。


目測に誤りはなかった。では四ヵ月ぶりの報告をする。
私はすっかり彼女に受け入れられ、家を出て行こうとすると引き止められるまでになった。夕食はほぼ毎日共にし、向かい合い、互いを見詰め合って食事するのが常である。日々、自分の笑顔がより完璧なものになっていくのを実感している。
こんもり盛られたサラダにフォークを刺すと、ざくざくと小気味のいい音がした。
「原間さんはいつまでこの星に滞在してるの?」
口調もすっかり砕けたものになっている。調査員は私にとって天職である。
「それはまだ定かでなくて……でもここを離れるのが惜しいよ。あなたと別れなければならない」
歯が浮く。ぞわぞわする。腹の中で、客観性の塊であるもう一人の自分がわめいている。これを飼いならすのも至極簡単なことだ。
「僕は異星人だけど、あなたの心のよりどころになりたいんだ。いつかいなくなるような男では駄目だろうか」
「だ、駄目じゃないっ!」
サラダをざくざく言わせながら、自然な風を装って告げた。すると彼女は立ち上がって、私の隣にさっと座った。抱きつかれ、背中を撫でてやる。中肉中背、彼女の身体は丈夫そうで、期待ができる。
「むしろ私からお願いしたいのに! 原間さん、帰らないでください……私、もう一人になりたくないの」
「ああ、わかってるよ。本部になんて言われても僕はここに残るよ」
「原間さん、ありがとうっ……」
私の胸で彼女が泣き出した。余程数年間寂しかったのだろう。実にいい時期だった。
では証拠として、添付ファイルで写真をつけておく。よく晴れて、いい日だった。
[添付ファイル 結婚式.tiff]


『ご成婚おめでとーございまーす!』
「また確認の電話か」
その数日後、またしても舘から電話が来た。無視すると出るまでかけてくるので、仕方なく通話ボタンを押した。
『そう怒らないでくださいって。お祝いの言葉と次の確認だからさ。今回も素敵な晴れ姿だったね、まこちゃんは。着物って実は初めてだよね、意外だけど』
「だいたい燕尾だったからな。なんでも彼女の父親の形見らしい」
『そんなえっらいもんを……調査員も重いねえ』
「仕事だ」
『はいはい、わかってますよ! んで、次を訊いとけってね、室長がね。この感じだと一年後くらい?』
「そのくらいだと思う。長くても一年半だろうな」
『了解しましたーではまた、一年半後に。せいぜいラブラブしてくださいよっ!』