永遠のフィルター
「ADHDって診断がなきゃ、その子を扱えないっての? それがあったらなんとかなるけど、その子が障害がある、ってわからないと手に負えないってどういう理屈よ。別に発達障害っぽいと思ったなら、自分はそういう風に対処すればいいだけなのに、どうしてそれにわざわざ親と本人が必要としていない診断名が必要なわけ? そんな脆弱な思考しか持てないなら学校の先生なんざやめちゃえばいい。そんな調子ならどうせ、その先生の思う『普通の子』と少しでもずれた子が来たら相手にしきれなくなって、またうちに送り込んできて、親と子どもを傷つけるだけなんだから」
そして最後に、こう締めるのだ。
「生き物にとっては自分の脳で処理した事柄が現実なのさ。真実はひとつなんかじゃない。その事象に触れた人の数だけ、真実はあるの」
最初の話から終わりに行くまでに、少しずつ話は変わっている。それでも、ラベルや知識、そして認識がその人にとっての現実である、という思想は、小さな頃から僕にしっかりと刻み込まれてきた。
だから、確かにここに居るはずの土谷に気づかないのは、まわりが誰も土谷がいると思っていないから、だとか、そんな風に考えたのだ。
昼休みになっても、土谷はどこにいくでもなく、教室でただただぼんやりと外へと顔を向けている。それを観察している僕も相当変な奴だという自覚はないわけではない。
誰も見ていないと思っているのか、それともそんなことは関係ないのか、土谷はいつもどこか無防備なように見えた。階段から飛び降りた時にスカートの下から脚や下着が顕になっても、気にしないで跳んでいたのと同じように。セーラー服のリボンが取れかかっていても気づいていないのは序の口、制服の脇のファスナーが開けっ放しになっていたり、スカートの裾が通学用のリュックサックに引っ掛かっていることもある。だけど、本人は一向に気づかない。そういう時の土谷は、だいたいあの、どこにも焦点の合ってないような目をしている気がする。
ひょっとして、そんなときの土谷はただの抜け殻で、中身はどこか別のところにいるんじゃないか。そんな馬鹿みたいな妄想が頭に浮かぶ。だから、誰も土谷がいることに気づかない。
「……ラノベじゃあるまいし」
そんな話あるわけがない。大体、中身ってなんだ。
それでもそんなことを考えてしまうぐらいには、土谷の存在感は希薄で、そしてその表情は、からっぽだった。