永遠のフィルター
この町では事件なんか起こらないとでも思っているのか、やはり警察はなにもしなかった。一人娘を亡くしたショックでの心中未遂、と判断されたらしい。
土谷の両親は、意識不明のまま病院で眠っている。噂によると、植物状態になって意識が戻る見込みはないらしいが、本当のところは知らない。
死ななくて良かった。僕は心底ほっとした。
「土谷さんと同じ墓に、あいつらが入るなんて」
僕は小さく呟いた。そんなの、許せない。
裁きを受けることもなくのうのうと暮らしているのも許せないし、だけど、たとえ灰になってからでも、また土谷と同じ場所にいさせるのも嫌だった。できるなら意識が戻らないまま、何十年でも病院のベッドにいて欲しい。
それで、問題がなにひとつ解決するわけではないことは、わかったけれども、そうせずにはいられなかった。
土谷を踏み躙った連中をどれだけ苦しめたところで、社会は変わらない。土谷を助けられなかった僕たちや、気づこうともしない社会制度も、なにも変えられない。
変えたい。一つでも何かを。こんなことをしてしまった僕に、そんな資格はもうないのかもしれないけれど。土谷美月の無念を晴らすため、という口実で、怒りをあのふたりにぶつけてしまった僕には。そんなことをしても、変わらないのに。
それでも、僕は願う。誰にも見せるつもりのないこのノートに綴る。
僕の目に映った、土谷美月を。
考えをまとめたいためか、忘れないためか、それさえ自分でもわからない。誰にも見せることはできない。それでも、僕は綴る。願う。少しでも土谷が救われていますようにと。そして、なにかひとつでも、変わりますようにと。
もし万に一つこれが人の目に触れることがあったとして、これは殺人未遂事件を犯した人間の告白かもしれないし、目の前で人の飛び降り自殺を目撃してしまった少年の妄想と取られるかもしれないし、単なる創作として読まれるかもしれない。僕と土谷が話した内容を知っているのは僕だけだし、土谷の両親が意識不明に陥った理由だって、僕しか知らないのだから。
これについてのただひとつの客観的な真実は、この紙に僕がこの手で文字を書いたこと。それだけだ。
だけど、書いた僕の主観的な思いで言うなら。
多分これは、土谷美月にとうとう伝えることができなかった、僕の告白なんだろう。