閉じられた世界の片隅から(3)
大切な人の命を代償にしてまで、僕は生きたくなんかない。僕は、その人と一緒に生きたい。だから、僕はフィズのために死んだりなんかしない。どれだけ、フィズが大切でも。大切だからこそ、この人を残して死にたくない。
「君のためなら死ねるとかって、言わないんだね」
「意味ないだろ、そんなの」
そんなことを嘘でも口にしたって、フィズが喜ぶわけないのに。
出会ったときからずっと、僕が此処にいる理由を与え続けてくれた人のために、僕は生きたい。
「フィズのために死んだりなんかしない。だけど、フィズのために出来ることはなんでもする。僕は、フィズのために生きたいよ」
顔を見るなと言ったきり、枕に伏せてしまっていて、今どんな表情でいるのかはわからない。
鬱陶しがられていないといいな、と思う。世界が狭いことだって自覚がある。周りが見えていないことにかけては多分フィズ以上だ。こんな僕を、この思いを見抜いていたらしいじーちゃんやイスクさんはどう見ていたのだろうとふと思う。
「あんた、そんなことばっか言ってて、私が死んだらどうするつもり?」
「どうしようね。僕は、フィズより二日だけ長生きできたら最高だと思ってるよ」
「なんで?」
「周りに迷惑がかからないように全部後片付けして、フィズの葬式は僕が出すから」
その後は、どうしようか。考えたくない。
「……あんたって、本物の馬鹿だよね」
返ってきた言葉には、何処にも反論の余地がない。わかってるよ。僕は多分、世界でも五本の指に入るぐらいには、馬鹿だ。
「そうだろうね」
たったひとりしか見えない。こんな馬鹿が、そうそういるとは思えない。だけど、これでいい。
「馬鹿だなぁ、本当に、もう」
そう言う声が、少しだけ笑っていたから、僕はこれでいいと思えた。
少しでもいいから、フィズが笑える理由になれれば、それでいいんだ。
これからどんどん辛いことが続いたとしても、フィズが、無理しないで笑ってくれるなら。
この短い夏が終わる頃には、もうこんな日々が終わっていればいい。十分に時間を稼いだら、国境を越えて、少しでもフィズが落ち着けるところでなんとか生活を立て直していければいい。
それだけをただ願った。
僕の願いはひとつだけ。少しでもフィズが幸せであればいい。
たったひとりの人を、幸せにしたいだけ。一国の王妃にしたいだとか、世界一の金持ちにだとか、そんなことは望んじゃいない。
それなのに、なんでたったこれだけの願いを、踏み躙ろうとする人がいるんだろう。
明日の朝目覚める時には、短いこの夏が終わる頃には、少しでもその願いに近づいていればいいと、それだけを、ただ願った。
作品名:閉じられた世界の片隅から(3) 作家名:なつきすい