小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

閉じられた世界の片隅から(2)

INDEX|2ページ/44ページ|

次のページ前のページ
 

 別に子どもは嫌いではない。特別好きなわけでもないし、フィズほど子ども受けするタイプでないことはわかっているけれど、小さな子どもの無邪気な言動や行動はかわいいと思うし、もしも自分が将来子どもを育てる機会があったら、大切に可愛がって育てると思う。僕が診ている患者さんの中にも小さな子は何人かいるし、あの子達ともそれなりにきちんとコミュニケーションは取れている、と思う。質問の意図がわからず、僕はフィズの顔を見た。
「ん、いや、なんでもないよ。考え事でもしてた?」
「いや?」
 先程から、なんだというのだろう。やはり質問の意図が読めない。
「あー、いや。サザがなんかつまらなさそうな顔してたからさ」
「え」
 そうだろうか。自分では普通にしていたつもりなのだけれど。別段心当たりは、ないと思いかけたところで、思い当たった。
「ああ、イスクさんの宿題の回路、頭の中で考えてた」
 嘘。イスクさんから回路作成の宿題が出ていたのは本当だけれど。顔に出ていなければいいと願う。あまりにも、情けない。もしも他人の思考を完璧に読み取れる人間が此処にいたとするならば、僕はその人の口を封じるか或いは穴がなければ掘ってでも入りたいぐらいの気分になることだろう。
 焼餅。こんな小さな子どもに。それも、冗談で返しただけの言葉に。これじゃジェンシオノ氏の時以下じゃないか。
 あまりにも自分が情けなくなって、僕は目を逸らした。恥ずかしさに顔が少し紅潮してしまっているのを、見られていなければいいと思う。
 フィズは、気づいていなかったらしい。そうであることを祈るばかり。
「あー。イスクの授業ってどんな感じ? 結構スパルタ?」
 話題が変わったことに内心思い切りほっとしながら、できる限りそれを表に出さないように僕は返す。目当ての薬壜を取って、そこから一粒飲み込んだ。ここのところ寝不足気味なせいか、できてしまってはじりじりと痛む口内炎の薬。壜を戻すついでに折角なので患者さんが途切れた間に、薬棚の整頓をすることにした。
「いや、なんというか、ほんわりした授業だよ。内容もわからなかったら聞けばすぐ教えてくれるし」
「……そうなの?」
「?」
 今日何度目かの、意図のわからない疑問符。今度こそ想像すらつかなくて、僕はフィズの顔をちらりと見た。
「イスクのやつ、一回私に教えてくれたときはあんなに鬼だったのに」
「……………」
 思わず、笑いを噛み殺した。イスクさんは、普段非常におっとりほんわりとした人なのに、どういうわけかフィズにだけは変わらぬおっとりした口調で非常に辛辣で容赦のない発言をぶちかまし、その暴走を止めるためなら時として平手打ちの行使をも厭わない。そしてそれらの攻撃を受けて返す言葉もなく落ち込んでいるフィズの横で、僕に対しては何事もなかったかのようにほんわりと笑って話しかけるのだから、なんともつかめない人である。そのことをフィズが指摘するとそれ以上に強烈な言葉で返球され、ぐうの音も出なくなるのがいつものパターンだ。
 多分、長い付き合いの中で染み付いてしまったものなのだろう。あのふたりの友人関係は、小さい頃から後先考えずに突っ走るフィズと、その抑え役及びフォロー役としてのイスクさんという形で成立してきた。僕も少なくとも家族とだけはまともにコミュニケーションが取れるようになり、フィズが出かけると無理にでもついていくようになってからは、イスクさんと一緒に遊ぶことが多かった。イスクさんは小さな頃は僕に対して「可愛い弟分ができた」という理由で非常に甘く、ある程度大きくなってからも、「毎日フィズラクのお守りは大変でしょう」という、言われるたびにフィズが真っ赤になって怒っていたような理由で相変わらず甘い。フィズは最近はもう諦めたのか、この手の発言に対して怒る頻度がかなり下がってきた。このようなことを口にするのはイスクさんだけではない。慣れるのも仕方のないことだろう。一番多い時は三日に五回ぐらいの頻度でそんなような内容の言葉を耳にしていたのだから。むしろ慣れてくれてフィズには申し訳ないけれども正直助かった。フィズが怒るたびに止めに入ったりフォローに入ったりなだめたりしていて時折とばっちりを食らうことすらあったことを思えば。
「でもやっぱりイスクはこの分野に関しては本当に凄いよ。元々才能もあると思うし、努力もすごいしてる。折角だから少しでも吸収できるといいね」
「うん」
「あー、でも」
 フィズは僕の顔を下から覗き込んだ。バランス良く配置された二色の瞳が目に入る。
「なんでまた急に魔法工学? どういう風の吹き回し? あんなに魔法関係の勉強嫌がって教本開いてもいなかったのに」
「……何年前の話だよ、それ?」
「ん、八年ぐらい?」
「…………忘れてよ。いいだろ、魔法鉱石も安くなってきたし、きっとこれからは魔法工学の時代になるんだろうなって思ったんだから」
 半分本当で、半分嘘だった。嘘、というと語弊があるか。一番の理由は、誰にも話すつもりはないから。
「あー、まあそうだよね。いいと思うよ。私が買いだめした石、好きに使っていいから、頑張りなさい」
 僕は頷く。魔法鉱石は少なくともフィズが使う数年分に相当するストックがうちにはある。にも関わらず、安売りされているのを見かけると使い道もないのについつい買い込んでしまうようで、日に日にその量が増えていっている気がする。しばしばばーちゃんに買い物中毒だと叱られているが、別に買い物に対して特別執着があるわけではない。ただ単に、欲しいものを見かけたり、楽しそうなことを思いついてしまうと、考えるより先に行動してしまうだけのこと。すべてにおいて。ああ、あと備蓄癖はあるかもしれない。
 それなのに、普段考えなしのくせに、時々柄にもなく考え過ぎてしまって、むしろ余計に厄介な事態を招いてしまうこともある。先日の記憶消去の一件はその最たる例のひとつだ。考え慣れていないせいで、問題解決のベクトルが少々ずれているのではないかと、僕は、そしておそらくイスクさんも考えている。本人が聞いたらかんかんに怒るだろうけれど。
 それでも、フィズの問題解決方法の問題点はともかくとして、この間の一件は、ただ単に「余計なこと」では終わらない。あの時、僕はいくつもの大切なこと、気付かなかったことも、敢えて気付かないようにしていたことも、痛いほど思い知った。あのことがなければ、僕はいつまでも、フィズのあとについて歩くだけの、フィズに何もかも頼り切りの弟のままだっただろう。自分の情けない部分に、気付くこともなく。本当に考えなしだったのは、僕の方だったのかもしれない。
 玄関の開く音がして、僕は棚の整頓を中断した。そのまま、玄関先に早足で歩く。座っているフィズよりも、僕が行く方が早いだろう。賑やかな声が聞こえる。
 今月は子どもと縁のある月なのだろうか。それとも、春が来て、つい嬉しくて羽目を外して遊んでしまう子どもが多いのだろうか。賑やかな来客はまたもや遊んでいるうちに怪我をしてしまったらしき子どもたちだった。