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天秦甘栗 用意周到2

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 困ったことは大ありである。学生時代からずっと秦海の友人として、秦海が付き合った女たちを見ていた人間が、いきなりその対象にされては、天宮の神経がついていかない。
「とにかく今すぐこれにサインするのはいや、どうせ実印もないし話はまた今度ゆっくりと……」
 と、席を立とうとした天宮は、障子の向こうを見てさらに驚いた。通称“天宮のお妾さん”こと深町恵理がハンコを片手に立っていたのだ。
「判子はあるよ。ほれ、ここに。」
「なぜ、えりどんがここに?」
「秦海さんから大事な話があるとかで呼ばれて……」
「じゃ、その実印は?」
「いるかなあ……と思って、一応、重要な話だって聞いてたしねえ。」
 はかられた、と天宮はその時、初めて気付いた。遠い田舎の家にいるはずの深町が、午前中に都心に出て来ようと思えば前日からきちんと用意をしていなければならない。そして自分の実印までご丁寧にさげているとなると、事前に天宮の部屋から取って来なければならない。
「まあ深町さん、こちらへ。」
 秦海は援軍を自分の横に呼んだ。深町はスタスタと秦海の側に歩み寄り、その横に座った。勘弁してくれと天宮は思った。秦海ひとりなら、どうにでも言い訳を考えて逃れられるが、深町がいてはそれも出来ない。
「なあ天宮、おまえは俺のことを嫌いじゃないんだろう。家にたびたび出入りして、ましてや泊まって帰る程の仲なのに、今更何が嫌なんだ?」
「誤解を生むから、その表現はやめてくれ…」
 人が聞いたら、深い仲のように聞こえるが、実のところ本当に眠るためだけに泊まっているのだ。深町は、困り顔の天宮をおもしろそうに眺めている。「私には私の生活があって、その枠の外へ行くのは嫌なの!」
 天宮とて、田舎の家をすぐに手に入れた訳ではない。就職して5年間我慢した上でやっと手に入れたのだ。その快適な空間と、おさらばするのは御免である。
「別に枠の外へ出なくていい。天宮は今まで通り暮らせばいい。ただ、仮住居のアパートがうちに移るだけのことだ。仕事を続けたければ続ければいいし、掃除も洗濯もしなくていい。」
「ついでに」 と、秦海は付け足した。
「ついでに毎日食事付きだ。それに毎日コイのエサやりも出来るんだぞ。」 その言葉に、一瞬、天宮は、「それは嬉しいかな。」 と、思った。しかし、そんなことで嫁に行ってしまえるものではない。
「条件が良すぎる程やと思うけどなあ、天宮。」
「でも毎日、えりどんのところに帰りたい。」
 天宮が抵抗するように吐き出した言葉に、他の2人は同時に、「帰れば?」と、発言した。
「だから、俺は天宮の行動を制限するつもりはないと言っているだろう。週末は、深町さんのところへ帰ればいいし、好きなことしていればいい。俺の生活に合わせてくれなんて絶対に言わない。」
「でも夫婦同伴のレセプションとか、秦海の仕事の付き合いとかそういうのがあるじゃない。」
「それは出来る限り、ストックした女で行く。普通は、秘書で充分こと足りるしな。」
 両手の指では足りないと言われる秦海のストックである。確かに可能だろう。
「でも…、秦海と結婚なんて、夫婦になるなんてなあ……」
 そこで秦海は、ピンと来たらしく、「夜の生活のことなら天宮が同意するまで待つぞ。そういうものはストックでこと足りる。」 と、すらすらと回答を口にした。ますます血の気が引く天宮である。
「他に嫌な事はあるか? 天宮。」
「……あう……」
 だんだん訳が分からなくなって来るが、反論しなくてはサインさせられると必死になって考えるが纏まるわけがない。困った顔をしている天宮に秦海は優しくだが、真剣に彼女の現状を申し述べた。だいたい、掃除も洗濯も嫌いな天宮が一人暮らししていること事態が間違いであると。
「……もし、夜中に突然、苦しくなったら、どうするんだ。うちにいれば、すぐに誰かが助けてくれる。俺は友人としても、そのことが気掛かりだ。……だから、最初は下宿でいい。一緒に暮らしてくれるだけでいいから……俺はおまえが側にいてくれるだけでいいんだ。どうか……これだけは認めてくれ。頼むから、……俺のことを好きになってくれなくてもいい。」
 秦海は深々と畳に頭をつけた。そういわれてしまうと、天宮も文句が言えない。それは以前から秦海に言われていたことで、常に心配をかけていることでもあるのだ。一度、風邪をひいて、高熱が出て秦海に助けを求めたことがある。それから、秦海はさらに心配を増したのは、天宮にもわかっていた。「……うん、それはわかってる。前に迷惑かけてるもんね。」
 ここで援軍の深町が押しを入れた。とりあえず、実験的に同居するのはいいのでないかと口を出した。
「そしたら、部屋を借りてる分が浮いて、借金が早く消えるという利点があるのよ、天宮。それに、毎日、暖かいごはんが無条件で食べられるしね。別に、いままで通りの付き合いをすればいいやんか。」
「それはそうかなあ。」
 ここで、深町はずずっと天宮の前に婚姻届と実印を差し出した。
「ちょっと待て、実験すんのに、これはないじゃろう。いきなり、失敗したら、離婚歴つくじゃないんかいな。」
「……なにをいうやら、天宮。秦海さんはれっきとした社会人で、あんたは不祥事が問題なお役人様なんやで、法的にちゃんとしとかんと……あんたが左遷くらって、天宮家に易々と帰れん僻地の税務署とか財務局に飛ばされんための処置やんか。」
 ああ、なるほどと天宮は納得した。昨今うるさい不祥事続きのお役人たちである。それを聞いて、天宮はサインしてもいいなと思った。
「サインするか? 天宮。」
嬉しそうに秦海は、書類とペンを差し出した。生活の自由を妨げたら、即離婚してやると、天宮は書類にサインをして実印を押した。
「絶対に、私の行動を妨げないね。自由だからね。」
 そう言いながら、その書類を秦海に渡す。秦海はじっくりと書類を見て、「もちろんだとも。」 と、破格の笑顔で答えた。それから天宮はレポート用紙に自分が今、言ったことを条件に掲げた誓約書を作成した。
「仕事の邪魔をしない。」だの「夜の生活は同意の上」とか、「週末は深町のもとへ戻る。」といった内容を、いちいち天宮が読み上げた。
「以上、10項目を守ってくれるね。破ったら離婚だからね」
「分かった。では、俺の条件も飲んでもらおう。」
「何?」
「俺はいたってシンプルだ。一つは、『毎朝一緒に食事をすること』、二つめは、『月に一度は、まる1日一緒にいること』、三つめは、『なるべく夕食は一緒に食べること』、以上三つだ。守ってくれるか、天宮。」
「二つめは何なの?」
「お互いをよく理解するのに必要だと思うのだが?」
「うん、分かった。では、その誓約書も作るね。でも私が破った場合はどうするの? やっぱり離婚?」
 それだったら、嫌になったら毎晩外食して来てもいいなあと天宮は考えて笑ったが、秦海は激しく頭を振った。
「それでは何もならないじゃないか。そうだな、破ったら、何か一つ俺の言うことを聞いてくれ。」
「それって、もしかして『キスしてくれ』っていうのもあり?」
「もちろんだ。」
作品名:天秦甘栗 用意周到2 作家名:篠義