Another Tommorow
Chapter. 7 未だ見ぬ明日に
一週間後の、12月31日。その、夜11時45分ぐらい。
いつもだったら、物凄くどうでもいい、年末番組の勝ち負け。
どちらが勝とうと負けようと、それに一喜一憂する人は少ないだろうし、飛鳥だって別にどちらでも構わない。
だけど、その結果がわかった時、飛鳥を満たしたのは、ただ、安堵だった。
その日の夕方。今月2度目の頭部CTの撮像を終えて、飛鳥は入院病棟へと歩いていた。傍らには、今度こそ完全に呆れ顔の岩本の姿がある。
「今度は山火事か。本当に事件事故に縁があるっつーか、勘が良すぎるのもあれだな」
「勘、って」
「お前が意識してたかどうかは知らないが、また何か起こる気がして山に行ってたんじゃないのか? 例の点滴ミスの件といい、子どもが撥ねられそうになる現場に居合わせるわ、火事が起きるところに居合わせるわ、お前がその手の事故に居合わせる率は普通じゃ考えられないだろう」
「悪運が強いんですかねえ」
そう言って飛鳥が笑うと、頭上一センチすれすれの位置に、岩本の拳が振り下ろされた。
「馬鹿。あまりみんなに心配をかけるな。お前の親父さんと爺さんなんて、世界が終わったみたいな顔して駆けつけてくれたんだぞ」
「……はい」
わかっていた。病室に飛び込んできたときの、家族の顔。
父も、祖父も、本当に心配そうに飛鳥を見詰めて。
救急車の中で目覚めた時に見た弟の顔だけが、違っていた。心配そうな様子は特になく、淡々とこちらを見下ろしていた。目が合うと、その硬質なつくりの顔に本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてはくれたけれど。それを後で聞いたら「絶対、助かるって思ってたから」となんでもないことのように答えた。
目を覚ましてから飛鳥が聞かされた状況は、だいたい予知と状況から組み立てた予想通りのものだった。ただひとつ違うことがあったとすれば、直接病院に担ぎ込まれた理由か。
消防と救急がたどりついた時、火はまだ燃え始めたばかりで、被害は近隣数平方メートルの倒木と草を焼いただけで消し止められた。火元も洞窟より少し離れたところで、飛鳥が助け出された時、まだ内部の気温は閉じ込められる前とほとんど変わっていなかったらしい。あの時見た予知は、かなり時間が経ってからのものだったのだろう。
それでも、飛鳥は洞窟の中で倒れていた。出入り口を塞いだ岩を撤去する際に、衝撃で天井が少し崩れ、破片が頭を直撃したのだ。蒸し焼きにされるものと思い、気温が上がるまでは平気だろうとすっかり油断していた飛鳥は避けきれず、意識を失った。予知した未来ではそもそも救助が来ないので、衝撃で天井が崩れることもなかったのだろう。よって今回の入院理由は、左腕の骨折と頭部外傷だ。あと、交通事故で折れた肋骨もまだ治ってはいない。短期間に二度も頭を打ったので暫く様子を見るようには言われたが、今のところ命に別状はなさそうである。
いつの間にか、予知も元通りになっていた。今年の紅白でどちらが勝つかを、飛鳥はもう知っている。小林幸子と美川憲一の衣装は、実際に見るときの楽しみにしておきたいのでまだ知らないけれど。そもそも今年の登場順がまだ発表されていないので、時間がわからない。それでも、うっかり寝てしまいでもしない限り、飛鳥はそれを見ることができる。
しかし、たった一週間の間に二回も事故に巻き込まれて担ぎ込まれた看護学生は、流石に救命の医師にも顔を覚えられてしまったようで、「死のうと思ったわけじゃないんだな?」と3度ぐらい確認された。事故です、たまたまです、まぐれです、を何度も繰り返していると、その場にいた研修医が吹きだした。なんでも、どこぞの球団にホームランを打つたびそんな台詞を口にする野球選手がいるらしい。
前回のことも、今回も、結果としては誰かの役には立ったわけだけれど、果たして、第一志望である救命救急の関係者の中で一体自分はどんな人間だと認識されたのだろうか。それが若干気がかりだったが聞く事もできないままに別の病棟へと移ることになった。だけどきっと、そこまで強い印象を残すこともないだろう。救命には次々と患者が運ばれてくる。怪我としては大したことのない飛鳥のことなんて、運び込まれてきた重度熱傷の患者を前にした瞬間、視界から消えている。
てきぱきと治療に当たるスタッフたちの姿を、飛鳥はベッドの上から眺めた。迷いのない適切な判断と指示、それに治療。一応意識があった自分とは違い、搬送されてきたときにはほとんど死体と見分けがつかなかったようなその患者はみるみる生きた人になっていく。
「……すごい」
口から漏れたのは、感嘆の声だった。知ってはいるし、ずっと憧れている世界だ。だけど、ちゃんとその場を目にしたのはこれが初めてだった。
勿論学生とは言え多少は現場にも入っている。救えない命がたくさんあることも知っている。だけどここに運ばれてきたために、助かった命は確かにある。自分が、その助けになれたら。この能力が、ひとりでも多くを救うために活かすことができたら。
(やっぱ俺、ここに来たい。救命で、働きたい)
心臓がどくんと大きく高鳴った。
今回は消防と警察と救急がすべて出動する騒ぎになったとはいえ、怪我自体は大したことなく、一泊で退院できることに決まった。それでも、そんなに短期にも関わらず、飛鳥がまたもや事故に遭って入院したという噂は、休日返上でボランティアに来ていた同期からあっという間にクラス中に広まり、植村、佐藤、村田の三人が明らかににやにやした笑顔を浮かべてその日のうちに見舞いに来てくれた。
「熱心だとは思ってたけど、折角の三連休にまで病院に来たいほど病院好きだとは思わなかったよ」
「折角の休みにわざわざこんなところまで来てるお前らだってそうだろう」
飛鳥はふうとため息を吐いた。
ベッドサイドに山と積まれたのは、大量の文庫本とDVD。見舞いの品だというけれど、一泊でこんなに読みきれるわけもない。冗談か、なんらかのネタのつもりなのだろう。
それらの背表紙にばっと目を通し、飛鳥は更にため息を深くした。並んでいるタイトルは、悉く医療ミスだとか大学病院の腐敗だとか、医療ミスに見せかけた医療従事者による殺人事件だとかを扱ったものばかりだ。半分は読んだことがあるものだけれど、入院中の病院で読みたい類の本ではない。
「……他のは?」
「病院もので爽やかハッピーな話なら、私持ってるよ」
さっと佐藤が取り出したものは、カバーがかかったままだった。受け取ってぱらぱらとめくると、白衣に眼鏡の男性同士の濡れ場のイラストが目に飛び込んできた。
「いや、いい」
「注文が細かいなぁ」
「取り合えず病院ネタから離れていいから」
そういうと、今度差し出されたのは砂漠の王子様と、この表現が適切がどうかはよくわからないが所謂”自称冴えない”美少年とが仲睦まじくカバーイラストに収まっている本だった。とりあえず、先ほどのものも含めた大量の本が、嫌がらせのために持ち込まれたのだということだけは理解する。
「つーか一泊なんだから、文庫本3冊で十分だし」
「そんな飛鳥ちゃんに、はい」
次に差し出されたのは「あなたにもできる! 速読入門」なる本だった。
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい