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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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Another Tommorow

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 少なくとも、現在の杉宮町が成立してから、大規模な火災の記録はない。杉宮町が成立したのは戦後まもなくだ。それ以前はいくつかの村に分かれていて、そのうち林業の盛んなエリア、それに材木町あたりに狙いを絞って資料を探した。すると、大正期に起きた山火事についての記事が目に留まった。
 読む速度を落とし、集中的に文字を追っていく。原因は落雷で、やはり今年と同じように天気が良くて雨も雪も少ない年の冬のことだった。直撃した木と周辺の十数本、それと付近の作業小屋を少し焼いたらしい。ただ、当時は今とは違い林業はひとつの大きな産業として機能していて、山で生活している人々が多く、すぐに消火活動が行われて被害は最小限に食い止められた。山がきちんと管理されていて、倒木や落ち葉のようなものがなかったのも良かったのだろう。それに万一延焼したとしても、当時は山と人里との間にはそれなりに距離があったから、町側まで火が広がることはなかったはずだ。今なら、どうなるだろう。
 火災が発生したポイントを、印刷した現在の杉宮の地図に書き込み、火の回った道筋を赤ペンでなぞった。それを、本にあった当時の地図とも比較する。
 郷土史の本を数冊読み漁り、他にも江戸期までに数件あった記録に残った火事を同じようにまとめていく。それを記録がなくなるまで終えたところで、飛鳥は一息ついた。戦争以降は一度もないけれども、それ以前には落雷の火事の例があることを確認できたのは大きな収穫だ。勿論他の可能性を捨てるわけではないけれど、大火災は有力な可能性のひとつだろう。
 火事の本をとりあえずすべて返却台に戻し、別の本に取り掛かる。今度は経済、産業系を当たった。
 飛鳥はこれまで知らなかったのだけれど、杉宮は結構昔から交通の要所であったらしい。元々は切り出した杉の木を海側へと運び、船で輸送するために道が整備された。そして鉄道が日本に広がり始めてからは、地理的条件から大きな路線が通ることになり、また当時杉宮産の材木の評判の高さから町が栄えていたこともあって、それなりに大きな駅ができた。当時は温泉と梅の栽培以外にまともな産業がなかった梅山立城よりも杉宮のほうが大きな町であったらしい。梅山立城が郡の中心としての立場を固めたのは、高度経済成長期の直前に国立の総合大学ができ、若者人口が急増してからのことだ。だから今でも、鉄道については杉宮駅のほうが梅山駅よりも便利なのだそうだ。駅前は梅山のほうがずっと発展しているけれども。
 ここまで、あの少女の母が言っていた、軍の基地の話は出てきていない。ページを捲っていく。しばらく読んでいくと、確かに第二次世界大戦中、日本軍が鉄道で軍事物資輸送を行っていたらしいとか、そのときに使っていた杉宮の宿舎とかの写真は出てきたのだけれど、弾薬庫だとかそういう話は出てこなかった。あるいは、敢えて記述されなかったのかもしれないが。この本は杉宮の町役場の郷土資料館でも置いてあるのを見た覚えがあるから、一般向けなのだろう。たとえば戦争が終わった時にまとめて記録が処分されるなどして、公的な記録にないものは、載っていないのかもしれない。
「うーん」
 飛鳥は小さな声で唸った。文学部の地域系や歴史系の研究室にはきっともっと突っ込んだ資料があるのだろう。だけど今日は祝日だし、卒論シーズンも終わっている。責任者の許可も得ずに貸してもらうことはできないし、だいたい文学部の教官たちに知り合いはひとりもいない。
 大和のほうを見ると、そちらも一通り調べ終わったのか、本を棚に戻し始めているところだった。どういう理由かは未だによくわからないが、大学の図書館では長時間棚から出していた本は、棚ではなく返却台に返すルールであることを教え、まだ残っていた本をすべて台に戻すと、ふたりは図書館を後にした。
 
 
 
 墓参りを挟んで昼食と夕食を祖父と共に摂り、飛鳥たちが杉宮の家に戻ると、夜の9時を回ったところだった。明日の朝食の準備を済ませ、風呂から上がると、飛鳥は大和を部屋へ呼んだ。勉強机には、先ほどのメモと書き込みをした地図を広げてある。
 部屋に一脚しかない椅子に大和を座らせようとすると、まだ肋骨が折れてるんだからと飛鳥が座らされた。ただ、自分が椅子に座って上から見下ろされると、なんだか学校で教師が隣に立っているときと似たような感覚がして話しづらい。結局、隣の大和の部屋からもう一脚椅子を持ってきて、それを並べて隣り合わせに座った。
「山火事ってのは、結構あると思う。流れとしてもしっくりくるし、なんとなくこれのような気がする」
「それは勘?」
「ああ、勘だよ」
 他にも考えられることはいくつもあるけれど、なぜか「これだ」という感覚が飛鳥にはあった。勘、としか言いようはないのだけれど、それでもこの可能性はないと判断する根拠がないし、むしろ支持するような条件はいくつもある。
 ただ、ひとつだけひっかかりがあるのだけれど。
「実際、雷で山火事が起きた前例はある。そのときも今年みたいに天気が良くて空気が乾いてた年だ。大和に調べてもらった、山火事とか天気に関する記述とも一致する。弾薬庫のことは確かめられなかったけど、一応杉宮駅が軍事輸送に使われてたのもわかった。おじいちゃんも小さい時杉宮のあたりでよく軍人を見たって言ってたし、引火してドカン、ってこともありえなくはないかも。それに、あれだけ荒れ放題の山に火がついたら、いくらでも燃えそうじゃんか」
「確かに」
 大和が呟く。「燃えてても暫く誰も気づかなさそうだし」という言葉を受けて、飛鳥も頷いた。今山で生活の糧を得ている人は少ないし、数少ない人々も、麓に住んで仕事のために車で山へと向かっている。昔のような24時間の監視体制は、もうない。飛鳥は続けた。
「この可能性は結構高いと思う。確かに交通事故と違ってちょっとタイミングずらしたぐらいじゃ逃げられないし、原因が火の不始末ならともかく雷だったら防ぎようない。直撃する木、倒したところで隣の木に落ちたら同じだろ。で、地図とか見た限り一気に燃え広がったら、風向きによっちゃあ一気にうちのあたりまで燃えそうだし、下手したら歴史に残っちゃうぐらいの大火事になるよ。だけど、もし俺の死ぬ原因がこの火事なら、どうしても一個だけ腑に落ちないことがある」
 そう、どうしても。
 あの予知の理由はこれに違いないと、脳の中の推論だとかよりももっと原始的な部分が告げている気がしてやまない。それなのに、どうしても火事だとすると納得できないことがひとつだけある。
「どうして、わかってるのに俺は死ぬんだ?」
 そう口にする。疑問の形がはっきりと音になった。大和がきょとんとした顔をしてこちらを見た。
「火事を防ぐのは難しい。だけど、それなら逃げればいいんだ。わかってるならいくらでも逃げようはあるし、それに例えば、年末年始をおじいちゃんちで過ごしたいとかいって、みんなで梅山に行けば、たとえ杉宮が焼け野原になったって無事だし、万一あっちまで火が回ったとして、それまでに警報なりなんなり鳴って、逃げる時間は稼げるだろ。だから、火事って可能性を思いついた時点で、もしそうなら予知が変わるはずだ」
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい