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なつきすい
なつきすい
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Another Tommorow

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Chapter 4. 未来の破片




 目に飛び込んできた白い光と、わき腹の痛み。
 遠くから聞こえる救急車の音、医師や看護師たちの声、子どもの泣き声。
 半分泣きそうな顔をした弟と、ほっとした表情の父。
(俺、生きてるんだ)
 そう実感した瞬間、じわりと世界が滲んで見えた。


 父が入院手続きをしている間に、大和は状況を簡単に説明してくれた。
 気を失っていたのは2時間ほどだったこと、飛鳥を撥ねた車はそのまま逃走したが、子どもが車の特徴を覚えていたことと、破損が激しかったため直ぐに見つかり逮捕されたこと。救急車を呼んでくれたのは、事故の音を聞きつけて飛び出してきた、助けた子どもの両親だったこと。飛鳥の乗っていた車はボンネットがぐしゃりと潰れ、空中に跳ね飛ばされたおかげで2台の間に挟まれずに済み、怪我は打撲と肋骨を3本折った程度で済んだこと。見せられた事故現場の写真に写る車は確かに見事に潰れていて、もし挟まれていたらと思うと心底ぞっとした。肋骨は幸い肺に突き刺さるようなこともなく、今のところ一通りの治療と検査で2晩ほどの入院になりそうらしい。
「意識が飛んだのは多分脳震盪のせいだけど、万一のことがあったらまずいから、この後脳の画像検査だって岩本先生が」
 馴染んだ名前に、あんな夢を見たのは、病院の臭いのせいだったのだろうかとふと考えた。小さな頃から母の見舞いや通院の同伴で嗅ぎ慣れた臭い。大学に入ってからは学生として、或いはボランティアとして出入りするうちにすっかりその臭いがこの身に馴染んだとは思う。それでも、この臭いに包まれて眠ることはほとんどなかった。母が昏睡状態になってから亡くなるまでの一晩だけ、病院に泊り込んだぐらいだ。うっかり居眠りしてしまうような講義は、病院棟ではなく学部棟のほうでやっていたから。
「久々に顔見たと思ったら小さい子庇って交通事故って、どれだけ子ども好きなんだって先生呆れてた」
「あー、だろうね……」
 一番最近岩本に会ったのは小児科病棟実習の時だ。良性の脳腫瘍で入院していた小学1年の女の子と仲良くなり、「手術はこわいけど、飛鳥兄ちゃんがいっしょにいてくれたらがんばれる」というその子のたっての希望で、手術の場に見学という形で立ち会うことになったのだ。そのときの執刀医が岩本だった。彼女に限らず飛鳥は小児科の入院患者たちに片っ端から懐かれ、指導に当たった小児科の高橋師長からは看護師見習いというよりもどちらかというと保育士さんのような雰囲気があると評され、同期の植村から賜った称号は「ロリータキラー」だった。とても遺憾だ。飛鳥に引っ付いて回っていたのは別に女の子に限らなかった。小さな男の子たちもみんなして飛鳥に群がって遊びたがり、小児科実習を楽しみにしていた同期の女の子たちから羨望のまなざしを一挙に集めてしまった。他人から妬みの目を向けられたのは、20年以上生きてきておそらく初めてのことだった。人生に3度あるというモテ期のうち一つは、あの実習で間違いなく使ってしまったと思う。
「そうだ、あの子は」
「兄さんに突き飛ばされたときのかすり傷だけだって」
「よかった」
 ほっと息をついて、ふと弟の顔を見た。昨日の夜殴られてから、顔をあわせるのは初めてだった。そういえば、ちゃんと目が合わない。元々淡々としゃべるところのある子だけれど、それにしても一切感情を排したような、そんな声音だった。
 目を覚ました時に視界に飛び込んできた、半分泣いていたようなあの顔は、見間違いだったのだろうか。
「……大和」
「なに」
 まだ怒ってる、と尋ねようとしてやめた。名前を呼んではみたものの、なんと続けていいのかわからない。
 迷っている間に父が戻ってきて、なんとなくそれ以上なにも言えないまま、大和は父に連れられて家へと帰っていった。
 
 
 
 全身が痛くて歩くのが少ししんどい、と言ったらCT室まで車椅子で送ってもらえることになった。それも岩本先生直々のお出迎えで。彼は去年あたり教授になっていたような気がするのだが、大学病院という組織を考えると随分なVIP待遇じゃないだろうか。
 一応頭がふらふらするようなことはもうないし、大丈夫だとは思うのだけれど、「もし検査が甘かったせいで後遺症なんか出したら、未来の付属病院の大損失だし、いつかあの世で清海ちゃんと川名さんに合わせる顔がないからな」と真面目な顔をして言ってから、大きく口を開けて笑った。
 川名は母の旧姓で、ここでは多分かつてこの病院の総看護婦長を務めていた祖母のことを指すのだろう。祖父も医者だったがこの病院に勤務したことはほんの一時期しかなく、岩本にとっては「川名さんの旦那さん」で「清海ちゃんのお父さん」でしかないはずだ。
「あのふたりが本気で怒ったら、俺なんか簡単に地獄の最下層送りになりそうだよ」
 全体的に角ばった大柄で、いかにも若い頃はアメフトかラグビーあたりをやっていそうな雰囲気の岩本は大きく笑った。この大きな図体と基本的に豪快な性格は、顕微鏡レベルの細かい作業を要求される脳神経外科とはいかにも不似合いな気がする、とは患者どころか看護師、医局の若手にまで共通する感想であるのだけれど、彼が最も得意とするのは頭部外傷や脳内出血の処置だ。緊急性の高い場面においての手術は試合中のような集中力を必要とするし、絶えず要求される瞬間的な状況判断もスポーツのそれと通じるところがあるのかもしれない。しかしそれでもやはり見た目と指先の器用さの乖離が激しいことに変わりはないのだけれど。
「未来の大損失って、別に因縁つけて病院訴えたりしませんって。開院以来おばあちゃんたちの代からあれだけお世話になってるんですから」
 そう言うと、「いやいや」と言って岩本は大きな口で笑う。
「人材的な意味だって。飛鳥はウチの看護の期待のエースなんだろう?」
「は?」
 あまりにも予想外の言葉に、間抜けな声が口から零れた。聞き間違いだろうか。
「西崎から聞いたぞ。お前が森本さんの点滴ミス、フォローしたって」
「ああ、はい」
 ちょうど一週間前に、飛鳥が防いだ医療ミスのことだった。西崎准教授と岩本教授は大学からずっと一緒の同期で、お互いにお互いが飛鳥の母に告白して玉砕したことを知っているほど仲が良い。ふたりとも小さな頃から飛鳥をよく知っているのだから、伝わっていても不思議はない。が。
「でもエースだなんて、そんな大袈裟な」
 そういうと、岩本は一瞬飛鳥の頭をぽんぽんとはたこうとするように手を近づけ、しかし頭を打った直後だったことを思い出したのか、左手で車椅子を軽く叩いた。
「謙遜するなって。あれのおかげで人ひとりの命と何人分かのクビが助かったんだぞ? それにお前どこでも評判いいし。再来年お前が卒業したら欲しいって言ってるところがいくつあると思ってんだ。間違いなく争奪戦だぞ」
「えー、嘘でしょ」
「嘘じゃねえって。ニコニコしてて感じいいし、てきぱきしてるしよく気がつくしって。森本さんは本当にもうお前を買ってるし、小児でもホスピスでもお前の名前聞いたぞ。ホスピスなんかあれ看護実習のトリもトリだろ。なんでもうお前のこと知られてるんだよ」
「そうですか……」
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい