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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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Another Tommorow

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 向こうから、息を呑む音がした。昨日も祖父母は母の見舞いに来ていた。昨日は、変わらず元気な様子であれやこれやと楽しげにしゃべっていたのだ。けれど、今の母がいつ急変してもおかしくないことは、元看護師の祖母と元医者の祖父にはわかっていたのだろう。少し間をあけて、祖母は確認するように尋ねた。その声に、動揺はなかった。
『……なにが見えたのかい』
「お母さんが意識なくて酸素マスクつけられてた。盛田先生が、多分もう意識は戻らないって。……大和とお父さんは間に合わなかったみたい」
 もう病状を知っているし、小さな頃からよく見知っているだけあって、母のいないところで飛鳥が質問すれば、医師たちは大体のことには答えてくれていた。こういう大事な、そして絶望的な事実も、飛鳥が要求したなら教えてくれた。恐らく、飛鳥が学校が終わって母の元について少ししたところで昏睡状態に陥ったのだろう。急変したら直ぐに父の職場と大和の学童保育にも連絡が行っているはずだからだ。飛鳥の見たのは、恐らく父と弟が来るまでの間の時間だ。父たちが着いたときにはもう、母と言葉を交わすことはできない。
「……最後に話せるときに俺しかいないなんて、お母さん寂しいだろ」
 胸が詰まった。声に涙が混じりそうで、それを必死で堪えた。
「お父さんも呼びたいんだけど、いきなり今日でお母さん昏睡になるからサボってくれなんて言えないし。どうしよう」
『落ち着いて、飛鳥ちゃん。深呼吸』
 吸って、吐いて。そう指示された通りに息をした。パニックになりかけていた思考が、わずかに冷静さを取り戻した。
『お父さんはおばあちゃんがうまく理由をつけて呼び出してあげる。飛鳥ちゃんは大和ちゃんを連れて先へ行ってて。おばあちゃんとおじいちゃんもすぐ行くから』
 祖母との電話を切り、ふぅとため息をついて。自分と大和の学校に欠席連絡を入れようとしたところで。
「…………どういうこと」
 大和が、呆然とした目で、飛鳥を見詰めていた。ぐっと両手を掴まれる。
 嘘をつくのが上手い自信があった。それで何度も適当な言い訳をしつつ、回りの人々が巻き込まれる事件を回避させてきた。
 なのに、ちょうどいい嘘のひとつさえ、どうしても浮かんでこなかった。
 
 
 
 夕方、母の意識が突然混濁して昏睡状態に陥り、そのまま目を覚ますことなく翌日の午後にその短い生涯を終えた。
 祖母が一体どんな言い訳を使ってくれたのかは未だに知らないけれど、父はお昼前には仕事を休んで病室にやってきた。母が意識を失う前に、家族全員が病院に集まることができた。
 それだけが、救いだった。それしか、できなかった。
 
 
 
 わかっても、変えられない未来があることを知った。
 知っていても、どうしようもできないことがあった。
 もしも、倒れるのをもっと早く知っていたら、治療が間に合って母は助かったのだろうかとも思ったけれど、いくら若く、またガンの性質上進行が極めて早かったとはいっても、数日発見が早まったところで大した差はなかっただろう。そもそも健康診断でも発見が難しく、体調を崩して気づいたときにはもう手遅れになっていることが多いガンらしい。よく一年も持ちこたえたものだと、あとで何人もの医師たちから言われた。最後の2ヶ月ほどは、ほとんど気力だけで繋いでいるような状態だったらしい。
 わかってさえいれば、何でもできると思ってた。神様にでもなったつもりだった。とんだ思い上がりだった。
 大事な家族ひとり、助けられなかった。
 この世界は飛鳥の手ひとつでは届かないことがほとんどで、知っていても避けられないことのほうがずっと多くて。そして自分の一番近くにいたはずの人の命さえ、なにひとつできずに簡単にこの指の隙間から零れ落ちた。
 できることなんてほんのわずかだ。全知全能なんかじゃなかった。
 葬儀の席で、遺影の痩せてはいるが快活な母の笑顔と、柩の中の骨と皮ばかりに痩せ衰えた母の顔とを見て、飛鳥はそれを思い知った。
 たくさんの参列者の涙に送られて、誰からも愛された母は煙となって逝った。
 
 
 
 ずきりとわき腹に刺すような痛みを感じて目を開けた。白い天井と、父と弟の姿が目に入った。
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい