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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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Another Tommorow

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「今日昼飯は?」
「じいちゃんと食ってくる。暇なら飛鳥も来るか?」
「そのとき考える」
 一応父名義なのだがほぼ自分しか使わない車の鍵を掴むと、飛鳥は外へ出た。
 今日も杉宮は雲ひとつない快晴だ。ここ2週間ぐらいの間に雨が降ったのは、一昨日の夜ぐらいのことだったような気がする。元々山の西側に風が雲を全部置き忘れて来るような土地柄雨も雪も少ないのだけれど、それにしても今年は天気が良い。この町の経済を数百年支えてきた豊かな山の地下水のおかげで水不足になるようなことは今のところないけれど、空気が乾いているせいかインフルエンザの流行が今年は特に酷いという。
 エンジンのかかる音が響いた。ほぼ大きな買い物の時以外に使わない車は、走り出すまでに念のため暫くアイドリングするように父から言われている。十分かな、と思ったところで車庫を出た。家の前の細長く曲がりくねった道を2キロほど走ると、国道に合流する。国道は交通量は多いものの、道幅が広いため走りやすい。家からそこまでのルートのほうが問題だった。どうして県道に指定されたのかが理解できない細い道はほぼ1.3車線で、しかも車など滅多に通らないため子どもや老人が道端で遊んでいる。速度規制はないから一応時速60キロで走ってもいいはずではあるのだが、恐ろしいので普段飛鳥は限りなく徐行に近い速度で通過することにしていた。父が何度か事故を起こしたのもすべてこの道だ。
(県道じゃなくて険道だよな、本当に)
 危険な道、と小さく呟いてため息をつきつつ、道路の真ん中でホッピングをして遊んでいる子どもがよけてくれるのをサイドブレーキを引いて待つ。子どもは完全に意識を遊びに取られているのか、2メートルの距離で待っているのに一向に避けようともしない。クラクションを鳴らそうか、とも思ったが、あのやや暴力的な音を小さな子どもに浴びせかけるのは気が引けた。仕方なく、窓を全開にして大声で呼びかけることにした。
 瞬間、反対側から法定速度を大幅にオーバーして走る赤い乗用車が視界に入った。
(馬鹿か!?)
 こんな道をこの速度で走るなんて考えられない。生活道路を近道だと勘違いしている地元以外の馬鹿の車だろうか。ちらりと目に入ったナンバープレートの地域表示の文字数がこのあたりとは違うことだけはわかった。もし運転手が気づいたとしてもあの速度だ、ブレーキをかけても間に合わない。
「おい、逃げろ!!」
 窓からできる限りの大声で叫んだ。子どもがはっと顔を上げ、そして車を認識した瞬間、ライトを向けられた猫のようにへたりこんでしまった。どうして!
 考えるより先に身体が動いていた。世界がスローモーションで見えた。車から飛び出して子どもを道路の端に突き飛ばす。ホッピングがアスファルトに落ちるがしゃん、という重たい音がやけに耳についた。引きつった表情のまま固まっている子どもが草むらに座り込んでいるのを確認して安堵した瞬間、大きな衝撃が身体を襲った。身体が地面から離れる。どこにも地面が触れていないことがこんなに心細いものだとは思わなかった。そんな冷静な思考が頭を通り抜けた。撥ねられたのだと気づくまでに、主観としては十秒ぐらいも過ぎたような気がしたが、一瞬だったのだろう。人がこんなに長く空に浮かぶわけはないから。
(ひょっとして)
 地面に叩きつけられるより前に、それは浮かんだ。
(俺はこれで死ぬのか)
 ずっと覆せなかった予知は。小さな子どもを庇って車に撥ねられるなんて。
(すごい俺らしい死に方とか言われそうだな……)
 そういうことを言いそうな人々の顔が頭を次々とかすめていく。看護の同期、中学高校時代の仲間、祖父、今はもういない母と祖母、父、それから、大和。これが走馬灯なのかと思った瞬間、もうひとつのことしか考えられなくなった。
 死にたくない。
 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
 喉が詰まって悲鳴は音にならなかった。地面に叩きつけられる衝撃と同時に、飛鳥の意識は暗転した。
 
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい