グッバイブルーバード
馬鹿なことを言っては周囲を呆れさせたり純粋そうに見えて結構辛辣だったりする友人たちとか。
おれが知っているすべての奴と比較しても、コガネちゃんのように誰よりも純粋に人のことを想える人間など見たことがなかった。彼女はその姿の通り、きらきらと輝く心を持っている。
馬鹿みたいに必死になり支離滅裂だろうが何だろうが彼女を泡にさせまいと詰め寄るおれに、コガネちゃんはそっと目を閉じやさしく笑った。それを見て悟る。
ああ、彼女ははじめから、何がどうなろうと自分は泡になって消えようと決めていたのだ。
おれはそっと手を離し、震える手を悟られまいとジーンズのポケットに突っ込んだ。パーカを脱いだコガネちゃんがおれに返そうと差し出してくる、それを無視して俯いた。彼女の華奢なサンダルが視界に入る。続いてしゃがみ込んだコガネちゃんの顔。じ、と見つめてくる視線から逃れたかったが体が動かない。やめてくれ、みっともない顔を見ないでくれ。
彼女の唇がゆっくり動いた。
「ありがとう、さようなら」
夏休みの宿題。すっかり頭から消え失せていたその厚い壁を休み最後の三日で何とかこなしたおれは、無事新学期を迎えることが出来た。
あの日以来、コガネちゃんはあの海辺に現れることはなかった。人魚姫の彼女は海の泡になってしまったのだろうか、それとも本当はすべて彼女の嘘でどこかで幸せにやっているのだろうか。
おれはこの話を誰にもしていない。夏休み中に少々漏らした友人二人はそのことを忘れているのか何も尋ねてこないし、家族ももちろんおれがほぼ毎日どこでなにをしていたのかを言及してくることもない。
当然、だれに訊かれても話す気はない。少々くさいが、おれは彼女と出会ったこの夏の出来事を思い出としてそっと仕舞いこんでおこうと心に決めたのだ。
コガネちゃんがいなくなった今も毎日変わらない生活をこなしている。朝うるさい目覚ましに起こされて、母の作った朝食を胃に詰め込んで、身だしなみを整えて学校へ。授業を受けて、休み時間には真崎や新谷たちと馬鹿な話をしては女子に嫌そうな顔で見られて、残暑厳しい太陽の下を電車とバスを乗り継いで帰宅する。そんな毎日だが、おれは確かに幸せだった。
窓際では青い鳥が恋しそうに海のほうを向いている。
作品名:グッバイブルーバード 作家名:橙子