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グッバイブルーバード

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グッバイブルーバード



 明日から夏休みだという輝かしい未来に心弾ませる学生はおれだけでなく他にも山ほど(恐らく全国に五万と)いるというのに、そんな心を打ち砕くのは終業式という非常に面倒なものだ。うちの高校も例に漏れず、やたら話の長い校長と(阪神が勝ったとか負けたとかどうでもいい)、第一ボタンを留めていない男子とスカート丈が膝上な女子を立たせ説教を始める生徒指導がいるせいで、真夏の蒸し風呂みたいな体育館に気が遠くなりそうな時間閉じ込められた。実際気が遠くなって倒れた生徒もいる。教師たちよ、これでいいのか。
 とはいっても明日から夏休みである。成績については数日前に行われた三者面談で母親にプチ説教を受けたので今日の鬱陶しい出来事はもうない(予定だ)。軽い鞄を肩から斜め掛けにしたおれは、校門で友人と別れ帰路に着いた。
 電車とバスを乗り継ぎ、バス停からガードレール沿いに歩く。道路のすぐ下は海岸だ。街から離れていることもあってかとても静かで、歩いている奴なんておれしかいない。うちから海が見えるなんていいなあとみんな羨むが、潮風の強い日は洗濯物がパシパシになるから別にいいことはない。この辺りの海岸は遊泳禁止だし。
 大きく丸い太陽がすべてを焼き尽くす勢いで照りつけてくる。背中に貼りつくワイシャツが不快で、髪が黒でなければこんなに暑くないのかもしれないなあ、とどうでもいいことを考えた。例えば白とか。金ならどうだろう。いっそスキンヘッドか。反射する前に皮膚が焼けそうだ。
 思考が髪を鏡にするところまで行き着いたとき、おれの視界の端で翻るものがあった。引かれるようにそちらを見る。誰もいない海岸に女の子がひとり。やたらきらきらした服を着ているらしい、まるでホログラムのシールみたいだ。何色の服かここからではよくわからない。まさか鏡か? そんなばかな。
 女の子はきょろきょろと何かを探すようにして砂浜を歩いていた。観光客だろうか、見たことがない人だ。しかし暑いのにご苦労なことで。
 おれは頭に鞄を掲げ、日陰にして再び歩き出した。早くクーラーのかかった家で涼みたい。だというのに何故かあの少女が気になって、気付けばおれの足は階段を降り海岸に立っていた。おいおい勘弁してくれよ、おれの足は自我でも持っているのか。
「なにしてんの?」
 砂浜にしゃがんで砂を手で払っている女の子に話し掛ける。彼女は白なんだか青なんだかよくわからない色をしたワンピースを着ていて、髪も金なんだかエメラルドなんだかよくわからない色をしていた。角度で色が変わるのだろうか。どこの美容院で髪を染めて、どこの店で服を購入したのか是非お聞かせ願いたい。まるで黄金虫みたいだ。
 振り返った少女の髪が揺れる。開かれた瞳は海と同じ色をしていて、まずいこれは日本語通じない、と反射的に一歩後退った。なんで話し掛けたんだ、おれ。
 少女はじっとおれを見つめ、やがて脇に抱えていたスケッチブックを開き何やら文字を書き始めた。日本語は通じたらしい。彼女の書いた文字はまるで小さな子どもが書いたようなくちゃくちゃの字であったが、やはり日本語だった。
 さがしものをしています。
「喋れないの?」
 尋ねてからはっと口を押さえた。この質問は失礼だ。傷付けてしまうかもしれない。だが彼女は頷いて肯定し、立ち上がって申し訳なさそうに眉を下げた。謝るのはおれのほうだ。
「何か落としたのか? ピアスとか、ネックレスとか」
 砂浜を手で払っていた様子から察するにそういった小さな物なのだろう。それなら一人で探すのは至難の業だ。手伝ってやらないと(尋ねた以上放置はできない)。
 おれは鞄を下ろし手伝う気満々でいたのだが、スケッチブックの新しいページに書かれた文字を見て一気に暑さが戻ってきた気がした。
 あおいとりをさがしています。
 みつけたらしあわせになれるときいたので。
 青い鳥の話は国語が苦手なおれも知っている。確か童話だ。それを見つけた者には幸福が訪れるという作り話。 グリム童話だったか何だったか。
「ああ、ヘンゼルとグレーテルだ」
 割と自信満々に答えたのだが、少女の表情は変わらなかったので正解かどうかはわからない。少なくともピンとこなかったようだ。ヘングレ(勝手に略す)を知らないのか、はたまた間違っているのか。どちらにせよ少しくらいリアクションをくれてもいいだろう、これではおれが恥ずかしい。
 しかし幸せを呼ぶ青い鳥はフィクションだ。実際「青い鳥ゲットだぜ!」して幸せになれるならこの世は皆青い鳥ハンターになっていることだろう。そもそも青い鳥というのはどんな鳥なんだ。インコか。オウムか。文鳥か?
 青い鳥がどんな鳥であるかは別としても、おれの想像力が貧弱な脳みそでも、鳥を探すのに海辺で砂浜を掘っていても見つかるはずがないことはわかっている。
「普通、鳥を探すなら空見ない?」
 空、と指で上を差す。広がるは夏らしい青い空、白い雲。入道雲が出ているということはもうすぐ雨が降るらしい。早く帰って洗濯物を取り込まなければ(どうせ弟は何もしていないに違いない、あのくそったれ)。
 おれと空を交互に見ていた少女は、スケッチブックに「ありがとう」とみみずの字で書いて頭を下げた。ご丁寧にどうもと慌ててお辞儀を返すと、そんなおれが面白かったのか彼女が少し笑った。そうして砂浜をさくさく歩いて行く。その足はよく見れば裸足で、ビーチグラスならともかく削れる前のガラス片でも刺さったらどうするんだとはらはらした。
 帰宅したおれは靴を脱ぐ必要がなくなっていた。
 すっかり忘れていたが真夏の炎天下で突っ立って会話して、おれのシャツは汗でぐっしょり濡れていて、ついでに頭痛と眩暈でできれば今すぐソファに倒れ込みたいところだが、ソファは弟に占拠されていて、ついでにもうすぐ雨が降る。あーあーあーと勝手に喉から出てくる声を麦茶で押し流し、ベランダに干していた洗濯物を抱え室内へ戻る。今朝母さんが干した洗濯物はすでにカラッカラに乾いていた。
 そうしてようやくおれは一息つけるのだが、弟は「おかえり」と言ったきりDSに夢中で、一体なにをそんな必死こいてやっているんだとそのうつ伏せに寝転び晒されたケツを踏みたくなった。
「兄ちゃん、冷凍庫にアイス」
 前言撤回、弟よありがとう。
「買って来たの姉ちゃんだけど」
「えっ、姉さん帰ってきてんの?」
「うん、大学ももう休みだって。あ、でも今いないよ。荷物とアイス置いてまた出てった」
 あとぼくの分のアイスも取って。
 兄をこき使うとはいい度胸だ、そのDSと共に海に沈めてやろうか。とは思うもののこれが日常でついでだと思えば我慢もできる。おれは冷凍庫からソーダバーを二本取り出し、弟の分はその背中に落としてやった。シャツ越しでも冷たい感覚はわかったらしい、ぎええ、ととんでもない奇声を上げながら飛び起きた。空いたスペースにおれが座る。
作品名:グッバイブルーバード 作家名:橙子