魔法使いの夜
犯人はもともとあのマンションの建設現場で働いていた男だった。工事中にけがをして入院している間に工事が中止になり、そのあといろんな土地を転々として、日雇いのような仕事をしていたのだという。
最近になってもどってきて、あの防空壕に住み着いて別荘荒らしを繰り返していた。ひどいときには忍び込んだ家にしばらく住んでいたこともあるんだって。だからふだんはその家にあった服を着て身ぎれいにしていて、みんなの目をごまかしていたんだ。
次の日からちょっとたいへんだった。新聞記者がきてあれこれ聞かれて、ぼくらは一躍村のヒーローになった。
ところがぼくには困ったことがおきたんだ。
『ヤンママと六人の小学生、お手柄』なんていう記事が新聞にでた。片隅に乗った小さな記事だったけど、よりによって全国版だったから東京のおばあちゃんも九州にいるお父さんとお母さんの目にとまり、大騒ぎになった。
ぼくは全身打撲と右足首のねんざで二日ほど病院だったから、その騒ぎは知らなかったけど、おばあちゃんは親戚からの電話の応対に四苦八苦だったらしい。とくに東京のおばあちゃんには……。
事件から三日目の大晦日。もう少し入院と言われていたけど、大晦日は家で過ごしたいと言って退院させてもらった。夕方になって、東京のおばあちゃんとはるばる九州からお父さんとお母さんがやってきた。
「お父さん、大丈夫なの?」
お父さんは車いすに乗っていた。
「ああ、かなりよくなってな。すわっていられるようになったよ。おまえの一大事だからこうしてきたんだ。まったく、なんて顔だ」
お父さんは、まだ少し腫れが残っているぼくのあざだらけの顔を見て笑った。
「笑い事じゃありませんよ。おまえが九州で入院なんてことになるからこんなことになったんじゃないの」
東京のおばあちゃんがかん高い声でいった。
「でもね、ジュンはがんばったんですよ。そりゃあ、わたしも最初はなんて無茶なことをしたと思いましたがね、男の子なんですから、たいしたもんですよ」
田舎のおばあちゃんがぼくをかばってくれた。
「それですんだからよかったけど、もう危ないことはやめてよ。ジュン」
心配そうなおかあさんの顔を見たらぼくはちょっと泣きたくなった。
「もう、いなかに来させないほうがいいんじゃないの」
いきなり東京のおばあちゃんが言い出した。
「乱暴なことばかり覚えて、勉強がおろそかになるわ」
「やだよ、ぼくはここが大好きなんだ。勉強だってちゃんとやるよ」
ぼくがいつになくはっきり言ったので、東京のおばあちゃんは目を丸くした。いつもおばあちゃんには口ではかなわないぼくだったけど、なんだか今日は自分でも変わったみたいに思えた。
「いや、かあさん。ジュンは普通の東京の子供とはちがうすばらしい経験をしてるんだよ。もちろん、今回のことは特殊だし、あんまり勧められることじゃないけど。地元の子供たちだっていい友達じゃないか」
おばあちゃんのイエスマンだったはずのお父さんがぼくの味方をしてくれた。これにもびっくりだ。
「ジュン、お父さんもお母さんも九州からここにくるまでに、おまえのことを話してたんだ。たくましくなったなって。田舎ですごすことはまちがいじゃなかったって」
「そうよ、ジュンはいつも身体が弱いからって、引っ込み思案だったでしょ。それが自分で考えて行動できるようになったんだもの」
お父さんとお母さんのことばにぼくは胸がいっぱいになった。
「それじゃあわたしはどうなるんです。わたしだってジュンのこと、だれよりも心配してるんですよ」
東京のおばあちゃんはふてくされている。
「まあまあ、奥さん。年寄りは離れたところで見守ってやるのがいいんですよ。けむたがられないように」
田舎のおばあちゃんがいった。
「あら、わたしはけむたがられているの?」
すぐに揚げ足をとるのが東京のおばあちゃんのわるいくせだ。
「そうじゃないよ、かあさん」
お父さんがなだめた。