魔法使いの夜
防空壕の跡
「おはよう。ジュン、夕べは寒かったでしょ。ちゃんと眠れた?」
「うん。一度トイレに起きたけど、なんか外の景色が不思議だった」
「へえ、どんなふうに?」
「月がすっごく明るくて、魔法使いがでてくるみたいで」
おばあちゃんはけらけら笑いながらいった。
「そうだよ。冬はでるんだよ」
「えー、うっそー」
「魔法使いかどうかわからないけど、ゆうれいなんかは冬の方がほんとうはでるんだよ。空気が澄んでいるからあの世とこの世がつながりやすいんだって」
「やだなあ。ゆうれいは困る。魔法使いならいい」
「同じようなもんじゃないか」
「ちがうさ。魔法使いの方がかっこいいじゃん」
そのとき電話がなった。
「あ、きっとお母さんだ。ぼく、でる」
受話器をとると、やっぱりそうだった。
「うん、ぼくは平気。お父さんは? え、ぎっくり腰? かっこわりぃ。おばあちゃん? いま替わる」
「はいよ、こっちは心配いらないから、ちゃんとだんなさまのことをみておやりよ」
おばあちゃんがお母さんと話し込んでいる間、ぼくはごはんのお預けをくった。
「お母さん、自分のお母さんだから気兼ねがないんだね」
「なにませたこと言って。わざわざ田舎に来ないで東京のおばあちゃんのところにいけばよかったのに。ひと駅ちがいなんだから」
「やだよ。もしお父さんの入院が長びいたら、三学期はいやでもあっちのおばあちゃんちから学校に通うんだよ。今から行ってたら息がつまっちゃう」
おばあちゃんはまたけらけら笑った。
ぼくは東京のおばあちゃんを決してきらいじゃない。でも勉強しなさいしか言わない東京のおばあちゃんより、男の子は体を鍛えなきゃっていう田舎のおばあちゃんの方が好きだ。そしてこのおばあちゃんこそがぼくにとって魔法使いのような存在なんだ。だってここにくると、ふだん好き嫌いの激しいぼくが、野菜でもなんでもおいしく食べてしまうから。
実はぼくはぜんそくで、空気の悪いところにいるとすぐに発作が起きてしまう。それがここにくるとぴたっととまるから不思議なんだ。
ぼくがまだ小さい頃、お母さんはいっそのこと田舎で暮らしたいって言ってお父さんもその気になってたんだけど、東京のおばあちゃんは勉強がおくれるとかなんとかいって反対した。それでぜんそくの権威だっていう大学病院のりっぱな先生を紹介してくれたり、自宅用の吸入器や空気清浄機まで買ってくれたんだ。
お父さんはおばあちゃんには頭が上がらないから、結局夏休みの間だけぼくは田舎のおばあちゃんちにくるっていうことに落ち着いた。