ACT18 Hunting High and Low
その様子を遠くから見ながらグラムは、あいつらは何をしているんだ、と訝しんだ。ビンセントはビンセントで左手を摩り、ハリーはハリーでビンセントの周りを心配そうにうろうろしている。サブは……
「はぁ、サブの奴は相変わらずか……」
ノーラは額に手を当て、深くため息をついた。
ノーラは、技術部や整備部の皆からは“女将さん”と呼ばれている。始めノーラはそれが気に入らなかったが、時が経つにつれ、皆が自分の息子や娘のように思えてきてからは、女将さんと呼ばれるのも悪くないと思うようになった。
家族のような面々。その中でも特別なのが、サブだ。
サブには腕がある。それにメカニックとしての勘も。
それなのに……。
「うちの若い連中は進歩無しね、全く……」
そう言うノーラに、グラムは言う。
「彼らはよくやっているよ。元から趣味と仕事を兼ねた様な連中だ、自然と良い仕事をしてくれる」
「私が言ってるのは、人間的な成長の事よ、大佐。認識と意識が必要だわ、軍人としての」
「君らしくないな、ジャイブス大尉」
「これが我々の戦いですもの。技術至上主義だけでは戦えない。最後まで人を支えるのは、誇りと、自意識よ」
「自意識……か」
そう話している間に、XA00は格納庫の中へ、格納されていく。
格納庫の中には修理設備があり、XA00はそこで再び生気を取り戻す事が出来る。
XA00は格納庫内一番機の位置に付き、外部電源に接続。電装系から点検を、開始する。
ノーラは、XA00を見つめながら言う。
「XA00はいい機体よ。あなたに自慢できるくらいに」
ノーラは言う。
「武装、電子系、OS、そしてパイロット。XA00は、これからもっと強くなる」
ノーラはそう言って、整備用タラップを登っていった。
兵装試験に模擬戦試験。そしてそれに伴う機体調整。やるべきことは山積みである。
***************
夜、機体の点検作業とデータのバックアップを終えたイズナは、一人でバーに来ていた。
バーには、非番の兵士達であふれている。その中で一人、イズナはカウンター席で、バイソングラス入りのウォッカを傾けていた。
「隣、よろしいかね?」
突然、一人の男が話しかけてきた。男は、イズナの返事を待つこと無く、隣に座る。
「君は兵士ではないね」
イズナは無表情に答える。
「本部技術開発部第一試験部隊」
「なるほど、あのF型機体開発部隊か」
男は、自分は情報軍団のアンセル=ハルトであると自己紹介し、イズナの物と同じウォッカを注文した。
「君ならわかるだろう」
ハルトは突然、イズナにそう言った。
「人の肉体は脆く、人の思考は遅い。“君なら解る”だろう。今では、機体は限界性能を極限まで発揮する事が出来ない。だが我々のCINAPSが制御する無人機なら、いかに最新鋭のF型機体であろうと勝つ事は出来ないだろう」
「騎士が幽霊(無人機)に負けるだと?」
「騎士に幽霊か、なるほど君らしい。では騎士なら護るべき姫君がいるはずだが、姫を連れていては、騎士は戦えない」
「あなたは言葉遊びがしたいのか?」
「現実の問題だよ。人は簡単に死ぬ。そして“遅い”。だが、君達イクサミコは光の速度で演算し、人よりも強靭だ。今の段階では、君達の機体は無人機となんら変わらない。だが一度人が乗れば、君はそのパイロットに合わせて制御を最適化する。それは人間の性能という型にはまる事に他ならない」
「何が言いたい」
「君は“こちら側”の存在だと言う事だ。君は人を憎んでいる。人が乗っていなければ、君は自由に機体を操作し、武装を解放し……」
「私は私の為に乗る。誰の為でもない。どちらの側かなど関係ない。ただ、自分の魂の命ずるがまま、私は生きるだけだ」
ハルトは不敵に微笑む。
「実に君らしい答えだ。イクサミコでありながら、人と同様であろうとする。酔えもしない酒を煽り、ユーザーを持たない。君はある意味では、人よりも人らしいだろう」
彼はそう言い、席を立った。
「君の飲み代はおごらせてもらうよ。楽しい話が出来た」
バーを出ていくハルト。それを見送りながら、イズナは思う。
事実、イクサミコの死は、人間の様な死としてではなく、備品の損失として扱われる。だが、ならばそれで何が悪い。人の死も一瞬で、後に残るのは宗教や思想の“言葉”だけだ。だが無人機は、言葉さえ残らない。
イズナは、中身の残ったグラスを置き、バーを出る。
サンヘドリンは不思議な街だ。人と機械が入り混じり、境は曖昧。
人が人を人工的に作り出す技術を持ちながらも、人は未だに神に祈る。
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翌日早朝、イズナはいつもと同じく、XA00に乗る。第一次兵装試験。
機体起動、コネクションチェック。機体コンディション良好。
マスターアームスイッチ、オン。両肩兵装ユニット内、ガンアーム起動。ストアコントロールパネルに武装を表示。
RDY EMRG‐2――
武装は両肩兵装ユニット内に装備したレールガン。レールガンは独立したアームで操作される。
FCS、エンゲージ。レーダーに感、上空に無人標的機、多数。光学で確認。ロックオン。
イズナは静かに、トリガーを引く。
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XA00の、各種兵装試験結果は上々で、どれも実用に堪える性能を発揮した。
XA00の火器管制系統は複雑である。ガンアームと呼ばれる兵装懸架攻撃副腕に、二基のウエポンベイ、一門の大口径高エネルギービーム砲、さらに両腕部による火砲運用と、重攻撃戦闘機体の名に恥じない重火力を持っていれば、当然である。
しかしそれでも、何の滞りもなく試験を進めてこれたのは、新型プロセッサと、イズナの力だろう。
イズナは今日も、兵装試験のためにXA00に乗る。その中で、中央軍がF型系列機の初等作戦能力を獲得したことを、イズナはノーラから聞かされた。確かに、内蔵固定兵装を持つ分、XA00は開発・調整に時間が掛かる。それにしても、中央軍によるh2F型導入のスピードは、異例の早さだ。
――生産量の違い……?
否、と、イズナは思う。XA00は、サンヘドリンが導入するF型の一派生機種に過ぎない。つまり、XA00よりも“早く完成していた”F型原形機、及びF型改修キットを、サンヘドリンが量産・導入しない筈がないのだ。
――ポーズね。中央軍への。
イズナは唾棄するように呟く。
新型機という目に見える力。上は確かに欲しがるだろう。だが、その割りを食うのは兵士達だ。
サンヘドリンは当初からh2型を運用する軍であり、F型への機種転換訓練もスムーズに進むだろう。だが中央軍は、支部を管理する主要軍閥以外では今回初めてh2型を運用する。もっとも、支部軍閥へのh2配備も限定的なものだ。つまり、中央軍はh2型を管理・運用する能力がまだ高くない。これによって発生するのは、昼夜を問わない機種転換訓練と、猛烈に過密なスケジュールの機体整備研修だ。哀れな中央軍兵士達。
イズナはいつも通り、機体を起動させ、各種点検作業に入る。
アーミングチェック、兵装はフル装備。総合火力試験。
作品名:ACT18 Hunting High and Low 作家名:機動電介