サイコシリアル[4]
「・・・・・・わりぃな」
九紫戌亥がそう言って、ナイフを真横に一閃。
僕の首筋から、頸動脈から、致死量の血が吹き出し、床面を深紅に染め上げ、情けなく金魚の様に口をパクパクさせながら倒れ込む。
ことはなかった。
「お兄ちゃん!」
少女の声が響いた。
「もうやめてよ、お兄ちゃん!」
僕の首筋にあるナイフは、皮一枚の所で止まっていた。
僕の見ていたスーパースローな時間軸は、その声を合図にしたかのように正常さを取り戻した。
僕は、声のした方へと目を泳がせたが、目の前の九紫戌亥が邪魔をして対象を捕らえることが出来なかった。
「何しに来た? 何故、ここへ来たんだ!」
不意に九紫戌亥が激昂した。というよりも、取り乱したという表現が正しいのかもしれない。予想外の出来事に動揺している、と言ったところだろうか。
「お兄ちゃんこそ・・・・・・何をしているのよ!」
それは聞き覚えのある声だった。懐かしくも感じる声。
もう聞くことが出来ないと思っていた声。
それは、幻聴のように僕の聴覚を刺激した。
「私は、許さない。涙雫先輩を、戯贈先輩を傷つけたら私が、お兄ちゃんを許さない」
涙雫先輩。
僕の事を、その固有名詞で呼ぶ人間は一人しかいない。
「枝苑、お前は出て来るんじゃねー。今、お前が生きているのがバレちまったら、政府の連中に狙われるかもしれねーんだぞ!」
枝苑。
九紫枝苑。
殺し屋一族の三女にして最強の暗器遣い。
けれど、九紫は死んだはずだ。僕の目の前で死んでいたはずだ。
なのに・・・・・・何故。
僕は、酷く混乱した。訳が分からなかった。死んだはずの人間が生き返るなんて現実では有り得ない話だ。
だとすると、九紫は生きていた、ということになる。
有り得ない。九紫は、ベッドを赤黒く染め、死んでいたんだ。無残にも首を刈られて死んでいたんだぞ。
九紫戌亥が、目の前から立ち上がり立ち位置をずらした為、僕の視界が開けた。
「涙雫先輩、遅くなってごめんなさい。やっぱり主人公は遅れて登場するものですよね」
エレベーターの前。戯贈の肩を抱えるように佇む少女。
作品名:サイコシリアル[4] 作家名:たし