神社奇譚 0-2 グレムリン
毎月の月次祭(ツキナミサイ)の終盤で
祭員たる氏子会役員の前で賽銭箱並びに賽銭泥棒に
もし出くわしたら・・ということで宮司は
前回と同じことを確認の意味で告げた。
「とにかくご自身の身を守ってくださいね。」と。
神事が終わり拝殿の扉を開けると
境内の梅の花の香が漂ってきた。
空気は冷たいが、陽に当たると暖かに感じるそんな陽気。
近くの子連れの夫婦が御参りに来た。
鈴を鳴らして、賽銭箱に賽銭を放りこみ
二度、お辞儀をして
二度、拍手を打って
一度、お辞儀をする。
夫婦がするのを見習って、「おとこのこ」とも「おんなのこ」とも
解らないような幼子が拍手を打つ。
が、幼子は、賽銭箱に・・いや賽銭箱の中に目を留める。
「あ・・千円札だ・・千円札はいってる。」
どうも、子供の目線には丁度、賽銭箱の格子のなかの斜めの板と
板の隙間から中が見えるようだ。
「アレ、千円札・・とれる?」
幼子は賽銭箱の格子の中に手を入れようとする。
夫婦は幼子を制し、「この中に手を入れたらあぶないよ」と諭す。
その光景を見ていた宮司が、賽銭箱の方に向かって歩き出して。
「千円札・・アレ・・とれる?」
幼子は宮司に言うと・・。
夫婦は「すいません・・」と照れ笑いを浮かべる。
宮司は少し困った顔をして、頷くと
膝を曲げて幼い子どもの目線にあわせて
ひとことひとこと丁寧に云った。
「いいかい?
この賽銭箱の中には、鋭い歯を持った凶暴なヤツが潜んでいるんだ。
そうだな、身の丈30センチほどなんだがな、
緑色のブツブツした肌をしたヤツなんだが・・
ヤツは、いつもお腹を減らしているんだ。」
幼子は宮司の話に魅了されているようで、聞き入っていた。
「このあいだ、ヤツが箱の中から腕を伸ばしていて
役員のおじさんが腕を捕まれたら、
物凄い力で引き込まれそうになったんだ。」
幼子は真剣な眼差しで・・・
「ソイツ・・つよいの?」
「あぁ強いとも。だから、キミのようなこどもが
もし賽銭箱に手を入れたら・・。」
「いれたら・・?」
「ガブっ!と
ヤツの鋭い歯で喰い付かれて・・」
幼子は恐怖の余り父母の影に隠れてしまった。
その様子を見ていて若い夫婦は笑い転げていたが
幼子にしてみれば真剣だ。
「だから千円札が見えてもこの中に手を入れちゃダメだ。
わかったかぃ?」
母親の脚に隠れながら頷く幼子は半泣き状態で、
潤んだ目をしながら頷いた。
「ウン。」
夫婦は神妙な面持ちの我が子の表情を見て笑っていたが
その家族連れが帰ると今度は宮司が子供のようにはしゃいで喜んだ。
「上手くいったな。」
え?絶対帰り道で泣いてますよ、あの子。
なんかいつになくニコニコ笑っている。
後期高齢者の宮司。
なかなかにお茶目な人だ。
作品名:神社奇譚 0-2 グレムリン 作家名:平岩隆