君と私と××と
携帯が無いことに気が付いたのは、それから数分もしないうちだった。
どうしよう・・・今ならまだ間に合うかもしれない。でも、もしまだあの男の人がいたら、どうすればいいのかわからない。
しかし、携帯を変なことに使われたら・・・いや、あの男の人はそんなことはしない気がする。
なんでそう思えるのかは・・・・・・なんとなく。そう、なんとなくだ。
(見つからなかったら、契約切っとかなきゃ・・・)
この機に機種変更するのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、ザクザクと野菜を切っていく。今夜の夕食を作っているのだ。
・・・・・親は、いない。物心ついたころには父はいなかったし、母も5年ほど前に病気で亡くした。それからは母方の祖母に世話になっている。
不自由は感じない。自分を不幸だとも思わない。祖母は私を本当の娘のように可愛がってくれたし、厳しい人だけれどとても優しいのを知っていた。
だから、今まで私は生きてこれたのだ。
(・・・・そういえば)
あの「花」が見え始めたのは、5年前の母が死んだ日だったかもしれない。
・・・そう、そうだ。私が一番最初に見た花は、母の胸で茶色くかさかさに枯れ切った花だった。
あれは、病気だったからなのか、それとも死んだ者は皆あぁなのか、まだ私は知らない。
知りたくも無かったけれど。
(・・・今日のあの男の人の「あれ」、何だったんだろう・・・)
花のことを考えていたからなのか、ふとそのことが頭をよぎった。
とても不思議な光景だった。今まであんな花は見たことはなかったから。
その光景を思い出した瞬間、胸がツキリ、と痛んだ。
まただ。なんなんだろう、この胸の痛み・・・何かの病気なのだろうか・・・。
胸を抑えながら考えていると、後ろで玄関のあく音が聞こえた。続いて、「ただいま~」という祖母の元気の良い声が聞こえてくる。
「おかえりー」
玄関に祖母をむかえに行く頃には、胸の痛みは消えていた。