月夜
ずっと秋が嫌いだった。
寒くなるから。寂しくなるから。
お前は秋が好きだって言う。
涼しくなるから。静かになるから。
月が出て、夜が長くて、誕生日があるから。
だけどやっぱり、俺は秋が嫌いなんだ。
綺麗になるから。
見たことない顔をするから。
きっと俺以外の事を考えてるから。
秋は、ね、
お前が少し、遠くなる季節だから。
ー月夜ー
秋が旬のものとか訊かれても、まぁ、秋刀魚くらいしかパッと浮かばないんだけど。
俺に言わせると、お前は、秋が旬。
別に魚とかキノコとかそんなんと一緒にしてるわけじゃなくて。食べ頃だとかそうゆうアヤシイ解釈も間違ってて。
そうじゃなくて、秋のお前は綺麗だから。
俯き加減に本を読んでいるときの横顔。サラサラと落ちてくる髪を耳にかける何でもない仕草。静かで、綺麗。
並んで歩きながら話していて、ふっと俺を見上げた瞬間の、その表情の飾らない美しさ。あどけなさ。
今年で3度目の、お前がいるこの季節に、俺はまだ慣れていなくて。
この季節のせいで変わるお前に、慣れていなくて。
だから寂しさなんて感じるんだろうなぁと、窓の側に立つお前の後ろ姿を見つめながら思った。
「ねぇ、こっち来てよ。すっげぇ綺麗。月。」
振り返って嬉しそうに笑うから、ソファーから立ち上がってみる。暗い部屋の中を真っ白い月明かりが淡く照らしていて、窓に近づくまでもなく、その冷たい美しさは見てとれた。
「うん。綺麗。」
呟くと、不満そうな声。
「そこから見えんの?」
「見えないけど。光で分かる。」
「うそ。」
不満そうな視線。
俺に向くのは一瞬。すぐに離れて、空へ。
きっと俺のほうが素直じゃないんだ。
「ほんとだって。」
急に近づいた声に少し驚いたようだった。後ろから絡みついた俺の腕に、白い指が戸惑うように這う。構わずに抱き寄せて、抱きしめた。
「・・・何。」
困ったような声。素直に預けられる体。
嬉しくて、肩口に顔を埋め、尋ねてみる。
「今、何考えてんの。」
小さく息を吸い込む音。
「・・・・・・月のこと。」
言うと思った。
「それヤダ。」
「ヤダとか・・・」
最後まで言わせずに、顎を捉えて唇を塞いだ。無理な体勢。強引なキス。お前はそういうのが好き。
「ん・・・っ、ふ・・・・・・ぁ」
鼻から抜ける声の甘さと、絡む舌の熱さ。驚くほどあっさりと首に回された腕が、もっと深くとねだっていた。
ごめんね。寂しかったね。許して。許して。だって俺も寂しかった。
ずっと見ててよ。俺だけ、見て。俺のことを考えてて。俺に触れたいと思って。求めて。欲しがって。もっと。もっと。だって、俺は、そうだから。
キスをやめると、お前はいつも顔を背ける。それはたぶん、熱に潤んだ瞳を隠すために。
だけど今夜は、朱に染まった目元を月が暴いてしまうから。
やっぱりお前は綺麗で、やっぱり俺は、少し寂しい。