夏少年
濃紺に透明感のある白。
その中央から、滲むような赤。
ゆっくりと染め、確実に侵し、少しずつ、少しずつ。
澄んだ声を響かせ始める鳥たち。変わらずに穏やかな波の音。
動きたくない。
音を立てたくない。
声を出したくない。
呼吸さえ止めていたい。
壊したくなかった。
すぐ隣で、君が今まさに切り取ろうとしているものたちを、何一つ傷付けたくなかった。
真っ直ぐに立つ君の手に収められたカメラに、朝の光が散る。キラキラと黒を輝かす。
君は何にも動じることなく、ただ静かに、構えたそれのファインダーを覗いていた。
瞬き以外の動きが無いどころか、その一瞬さえも惜しむような、真剣で緊張感のある表情をしている。君が写真を撮るときの表情だ。
好きだった。とても。
それがどんな感情から来るものかなんて分からない。分からなくていい。ただ好きなんだ。ずっと見ていたいと思うんだ。
君の隣で。
スッと息を吸い込む小さな音が、聞こえた気がした。
響いた音。
何よりも凛として。
『現在』を切り取った音。
余韻に浸るような数瞬の後、君は何も言わずに、ゆっくりとカメラを胸の位置まで下ろした。
遠い水平線を見据え、すっかり切り離された鮮やかな太陽に目を細める。
「綺麗だな。」
掠れた声。小さな小さな、独り言のような。
「うん。とっても。」
僕は頷く。
君は笑う。
見つめる先に夏の朝が始まっていた。
君がいる、季節だった。