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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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新説御伽草子~桃ねーちゃん!

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「身軽なサルなら登れるかもしれないが、あとが続かないな」
 すでに坂の下からも鬼たちが駆け上ってくるのが見える。グズグズしている時間はどこにもない。
 桃が物干し竿を肩に担いだ。
「乗りな!」
 と、桃に視線を向けられた猿助は口をポカンと開けた。
「は?」
「乗れって言ってんだよ、ポチを雉丸に預けて竿の先っちょに乗ればいいんだよ!」
 意味がわからないまま猿助は言われたとおり行動した。
 すると、猿助が乗ったことを確認した桃は力任せに投げた。これはまさに投擲だ。
 物干し竿が大きくしなり半月を描くと、バネみたいに猿助がぶっ飛ばされた。
 そして、敵のど真ん中に落ちた。
 鬼どもに寄って集ってタコ殴りにされる猿助。悲痛な叫び声が痛々しい。
 桃はさらに雉丸に目を向けた。
「次はあんただよ」
 雉丸はポチを背負ったまま、片腕で物干し竿に抱きついた。
 再び桃は物干し竿を力任せに大きく振る。
 小柄とはいえポチの体重と、自分の体重を支える腕力が、その細身の体のどこにあるのか?
 雉丸はポチを担いだまま華麗に地面に降り立った。
 鬼は先に囮になった猿助を取り囲んでいたが、すぐに雉丸にも襲いかかる。
 雉丸は片手に持ったショットガンを大きく縦に振り装填した。常人の腕力ではできない芸当だ。
 谷間に反響する銃声。次々と倒れる鬼が山道を築き上げる。
 そして、最後に残された桃は棒高跳びの要領でまきびしを超えた。
 桃の落下点で待ち構えている鬼の眼前に迫ってくる――ふんどしっ!
「うげっ!」
 桃の足の裏が鬼の顔面にヒット。踏んづけられた鬼は鼻血を噴いて転倒した。
 まきびしを越えた桃たちは雑魚どもを無視して坂道を駆け上る。
 鬼ヶ城の城門が行方を阻む。
 木製だが巨大で壊すのは容易ではない。ロケットランチャーはすでにない。
 すぐ後ろからは鬼どもが迫っている。
 そのとき、急に城門が音を立てて開きはじめたと思った瞬間、すでに桃たちは呑み込まれていた。
 なんと城門が開いたと同時に大量の水が押し寄せてきたのだ。
 ウォータースライダーなんて生やさしいものじゃない。大海流の勢いで溺れながら坂道を流される。鬼どもまで巻き込まれているようすを見ると、海賊団の頭はとんでもない薄情者だ。
 しかし、ご丁寧なことにいつの間にか地面に落とし穴が口を開けていた。
 トイレの水のように、ジャーッと桃たちは排泄口に吸い込まれてしまった。

 川の岸辺で横たわっていた猿助の指先が微かに、動いた。
「う……ううっ……」
 目を覚ました猿助がゆっくりと立ち上がる。
「うっ!」
 全身に走る激痛。
 打ち身や切り傷、水に流されたことよりも、タコ殴りにされたことが響いている。
 猿助は辺りを見回した。
「桃の姉貴!」
 返事は返ってこない。
「雉丸、ポチ、若いねーちゃん!」
 誰からも返事は返ってこない。
 歩みを進めようとすると、再び激痛が全身を走った。それでも仲間を捜さなくてはいけない。だって独りじゃ怖いから!
 川の上流にいけば何かあるかもしれないと思い、川沿いに歩みを進めた。
 途中で気絶している鬼を見つけた。
 口元を意地悪に歪ませた猿助が鬼を蹴っ飛ばしまくった。
「この野郎、さっきはよくも! てめぇ、この、ふざけんな、どっちが強いかわからせてやる!」
 気絶している相手によくもこんな非道なことをできるものだ。
 だが、気絶していたハズの鬼がピクッと動いた瞬間、猿助は地面におでこを激突させて土下座をはじめた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、オレは何もしてません。そうだ、貴方様を蹴っ飛ばしていた野郎はオレが今追い払いました……いや、ホント、マジで……」
 猿助はそーっと顔を上げて鬼のようすを伺った。
 動き出す様子はない。目を覚ます様子もないようだ。
 それを確認した猿助は再び強気になった。
「ビビったじゃねえか、ふざけんなよ、オレの強さにひれ伏してろ!」
 ガタダガっと石が崩れる音がした。すぐにビクッと体を縮めて猿助はすくんだ。
 風の悪戯か、それとも近くに誰かがいるのか?
 もしかしたら仲間かもしれない。
 猿助は気配を殺しながら辺りの見回した。見通しのいい場所だったが、どこにも人影などはなかった。
 静かに歩き出す猿助。
 足場は小さな石ころや岩が敷き詰められている。
 しばらくして、猿助の鼻に臭い香が届いた。
「硫黄の臭いか?」
 猿助の視線に映る湯煙。
 ピンと来た猿助は猛ダッシュした。
 辺りが見えないほどに視界を覆い尽くす乳白色の湯煙。
 猿助は身を屈めて岩場の影に隠れると、湯煙の中に目を凝らした。
 跳ねる水の音。
 湯煙に浮かぶ人のシルエット。
 その先に温泉があるのだ。
 猿助は鼻の下を伸ばしながらシルエットをガン見した。
 なめらかな曲線を描くシルエット。
 豊満そうなバスト、くびれたウェスト、ヒップは湯と同化している。
 猿助は確信した――若い娘に違いない!
 もっと見たい、間近で見たい、お近づきになりたい。今度の休日はヒマですかと問いただしたい!
 猿助は匍匐前進で湯船ギリギリのラインまで近づいた。
 おお、なんということか、若い娘が恥ずかしげもなく露天風呂。しかも一人だと思っていたら、三人組の大盤振る舞い。
 ハーレムだ!
 興奮を抑えられなくなった猿助は服を着たまま湯船にジャンプした。
「オレと混浴しようぜ、ねーちゃんたち!」
 三人娘が振り返って微笑んだ瞬間、娘がオッサンに変身した。
「騙されたなエロガキ!」
「えっ?」
 怖そうなオッサンたちが腕を広げて待っている。厚い胸板に飛び込んでこ〜い!
「ぎゃぁぁぁっ!」
 湯煙に呑み込まれた断末魔。

 湯船に浸かりながら寛いでいた桃が首を傾げた。
「何か聞こえなかったかい?」
 桃に背を向けて湯に浸かっている雉丸が答える。
「いえ、何も……ポチ、湯船で遊んではいけないよ」
 すぐ近くでバシャバシャとポチが飛沫を上げている。
「遊んでるんじゃないよ、がんばって泳ぐ特訓してるんだもん!」
 なんだかすっかり元気を取り戻しているようだった。
 桃は全身の力を抜いて甘い吐息を漏らした。
「ふぅ、いい湯だね。これで酒があれば最高なんだけどね」
 ポチが大きくうなずいた。
「うん、この魔法のお湯に浸かれば、みんな元気になっちゃうんだ。海賊団の強さのヒミツなんだって、温羅の姐御さんが言ってたよぉ」
 この温泉を見つけたのは運がよかった。ポチも意識を取り戻し、無理を押していた雉丸も全快した。
 濡れた服も備え付けの乾燥機で乾かし、今は物干し竿に干してある。完璧だ。
 敵の本拠地にいる緊張感はゼロ。
 すっかり温泉で寛いでいる。
 そこへ何者かの気配が現れた。
 湯船に近づいてくるトラ耳。
「お前ら誰だ!」
 野太い鬼の声が響いた。
 ポチが鬼の股間を指差す。
「女湯に男の人が入ってきちゃいけないんだよぉ!」
「マジか、ここ女湯だったのか。すまんすまん、すぐに出て行く……」
 背を向けて歩き去ろうとしたが、首を傾げて鬼は振り返った。
「って、お前ポチじゃないか、姐御のところから逃げたって聞いたぞ。つーか、そこの二人何もんだよ、さては今噂の侵入者だな、ぐはっ!」