新説御伽草子~桃ねーちゃん!
これでどうやってスパゲティを食べようとしていたのか?
微かにシューゴォーという呼吸音が聞こえた。
無我夢中で鈴鹿は猿助のヘルメットとお面を投げ捨てた。
「嗚呼、なんてこと……」
静かに自分のヘルメットも脱ぎ捨てながら、鈴鹿は瞳から一筋の涙を零した。
そこにあったのは変わり果てた猿助の姿。
体中の水分――いや、精力を吸い尽くされて枯れ果てた猿助の姿。それはまるで干からびたワカメ、キノコ、ミミズか……とにかく、見る影もない皺だらけの顔がそこにはあった。
「す……ずか……」
グローブを嵌めた猿助の手が伸ばされ、鈴鹿はそのグローブを取って枯れた手を握った。
まるでその手や指は枯れ枝のようだった。温かいぬくもりもなく、ただ冷たく哀しいだけ。
「ダーリン死なないでくださいまし!」
「……最期は……桃の姉貴に……パフパフ……」
ガクッと猿助の首から力が抜けた。
「ダーリン!」
鈴鹿は人生ではじめて慟哭した。
皺だらけの顔に落ちて消える大粒の涙。
枯れてしまった猿助の口の蕾に、鈴鹿は自らの瑞々しい朱色の蕾を重ね合わせた。
交わされた口づけ。
緩やかに鈴鹿は顔を離した。
「妾の口づけでは目をお覚ましにならないのですね」
再び鈴鹿の瞳から涙がこぼれ落ちた。
短くも長い時間。
静かな刻の中で猿助は鈴鹿の胸に抱かれ……。
「ぐぅ〜がぁ〜!!」
いびきを掻いていた。
さらに――。
「パフパフ……パフパフ……」
鼻の下を伸ばしていた。
最悪だ。
「この浮気者っ!」
鈴鹿の強烈な怒りの鉄拳が猿助の顔面にめり込んだ。
今度こそあの世に逝ったかな猿助♪
死相を浮かべて気絶した猿助を鈴鹿が背負った。
「んもぉ、ジパングに帰ったら温泉に突っ込んでやりますわ!」
乾燥椎茸扱いだった。
雉丸は周りの敵を一掃したあと、猿助のことは鈴鹿に任せ、ポチと共に通気口に進入した。
迷路のように入り組んだ通気口を抜け、先に廊下へ降りた雉丸がポチを抱きかかえて通気口から出した。
けたたましいサイレンが鳴っている。今頃、血眼になって兵士たちが駆け回っているに違いない。
雉丸とポチは先を急いだ。
金属の廊下に響き渡る足音。二人分、三人分、四人分……雉丸とポチ以外の足音も響いてくる。
立ち止まって身構えている暇はない。
さっそく前方から敵の影が駆け寄ってきた。
しかし、その姿は……?
雉丸は首を傾げた。
「誰だったか……それよりもなぜここにいる?」
色取り取りのふんどし姿。
赤フンのレッド参上!
「我ら鬼道戦隊鬼レンジャー改め、かぐや護衛隊の五人囃子(ごにんばやし)だ!」
鬼レッドの左右に並ぶ鬼ブルーと鬼イエロー。
さらに雉丸とポチの背後には鬼グリーンと鬼ブラック。
一本道の廊下で挟み撃ちされてしまった。
雉丸はショットガンをバットのように握った。
「弾がもったいない」
はい、瞬殺。
ボコボコにされた鬼の山を踏んづけて雉丸とポチは先を急いだ。
どうしてフンドシレンジャーがここにいたのか語られずまま。まあ、別にたいした理由なんてないだろうけど。
雉丸とオマケのポチの目的は、脱出ルートの確保とその他重要任務。
向かう先はエンジンルームだった。
途中でカートを奪い大通路を爆走する。運転席に乗ってるのはポチだったりして!
「ボ、ボク運転できないよぉ〜!」
「大丈夫だよポチ、自動運転モードがあるから」
「でもそうやって自動運転に切り替えるの?」
「さぁ?」
さわやか笑顔の雉丸。
恐怖に顔を歪ませたポチ。
「わぁ〜ん!」
結局ポチがハンドルを握るハメになった。
大勢の兵士たちがビームライフルを構えて並んでいる。
次から次へと土砂降りの雨のようにビームが飛んでくる。
「わぁ〜ん怖いよぉ!」
ビームコーティングされたフロントガラスに弾かれるビーム。貫かないとわかっても怖い。
「わぁ〜ん!」
叫びながらも華麗なハンドルさばき。そのまま兵士の列に突っ込んだ。ね、華麗でしょ?
寸前で兵士たちの列は左右に分かれ、その光景はモーゼの海割り状態。壮観なまでに兵士たちがぶっ飛び退いてくれる。
危機に迫られて道を開けてしまった兵士たちだが、すぐに体勢を立て直してカートのバックにビームを乱射する。
再び土砂降りのようなビームが飛んでくる。
雉丸はカートに積まれていた武器を手に取った。どうやらバズーカ砲のような形をしているが?
スコープを覗き照準をオートセット。
使ったことがなくったって、使ってみればわかります。
はい、発射!
青白い稲妻のような光線が暴れ回り、次から次へと兵士たちが感電していった。
シュ〜っと煙を上げる黒コゲの山。
凄まじい殲滅力だった。
カートは兵士たちの海を越えたが、その先に待ち受けていたのは巨大ロボットだった。
二足歩行の人型機体、紅く光る一つ眼、頭にはエネルギーを受信するウサミミ。これはまさしくスペースかぐやの主力戦闘機体ラビ?だ。
ラビ?はラビバズーカを構えたが、室内で撃つと大変なことになるのでやめて、ラビマシンガンも危ないし、巨大なトマホークを構えた。
あんなトマホークでぶっ叩かれたらカートは真っ二つだ。
雉丸はスコープを覗き引き金を引いた。
稲妻光線発射!
あっさりとラビ?の持っていた盾で防がれた。
こうなったらアレしかない!
雉丸は声を張り上げる。
「ポチ、細い路に逃げ込んで!」
だって戦う必要なんてありません!
別にアレがラスボスってわけでもないし、雉丸たちの目的は別にある。ここで時間を取られる必要なんてナッシング!
ハンドルを切るポチ。カートの後ろからは巨大な足音を立ててラビ?が追っかけてくる。
ここのまま逃げ切ることはできるのか!?
ドスン!
隕石でも落ちたみたいな衝撃でカートが浮かび上がった。
雉丸が後ろを確認するとラビ?が倒れていた。その背中から伸びているエネルギーコード。予備バッテリーに充電中だったのだ。
雉丸はだんだんと自分たちの心配より、宇宙海賊団スペースかぐやの心配をしはじめた。
――この宇宙海賊はこんなことでやって行けるのだろうか。
持っている技術力はスゴイが、それを使っている吸血姫美女軍団のマヌケさが……。
カートは起き上がれないザビ?を尻目に、どこまでも走り続けた。
「ブレーキどこぉ!」
だってブレーキのかけ方がわからないから。
操舵室から隣の部屋、かぐやが逃げ込んだ先はトイレだった。
基本女子トイレしかないラビットスター内。
トイレは当然のように全て個室。
桃がトイレに飛び込んだとき、とある個室に飛び込んだかぐやの横顔を見えた。
すぐに桃はプロテクトスーツを脱いで、その個室の前に立った。
「便所になんか隠れてねぇーで、さっさと出てきな!」
ゴンゴンゴン!
桃はドアを殴るようにノックした。
すると返事が返ってくる。
「入ってまーす」
「知ってるつーの!」
ゴンゴンゴンゴンッ!
さっきよりも激しく叩いた。
「入ってまーす」
「だから知ってるつーの!」
ドンガンゴン!
殴る蹴るした。
「入ってまーす」
「てめぇいい加減にしろよ!」
作品名:新説御伽草子~桃ねーちゃん! 作家名:秋月あきら(秋月瑛)