落し物センター
万華鏡
落し物センターの女は今日も孤独だ。
カウンターの脇に居るマネキンはずっと自分に名づけられた落し物番号を見ているし、駅構内の人々は早足で、彼女に目を合わせようとしない。ずっと片思いの視線を投げつけ続ける彼女には、自分が誰に恋しているかも分からない。
きっと空を眺めるときは孤独に恋しているのだろう。
彼女は空に浮かぶクラゲより孤独だ。
「防水望遠鏡は落ちてありませんでしたか」
今日、初めて彼女に話しかけたのは、電気クラゲ発電所の所長だった。
「防水、ですか」
「防水、です」
「生憎、私には通常のものと防水のものの違いは分かりませんが」
言いながら、彼女は業務日誌をぺらぺらとめくる。それには落し物が落ちていた場所、日付、種類、向き、形、色、においなど、彼女が事細かく書き記してある。彼女は、三日前に望遠鏡が届けられたことを覚えていた。業務日誌をめくり望遠鏡の落し物番号を確認し、奥の倉庫に行って取ってくる。
それは手のひらサイズの小さな筒だった。
それを彼女は望遠鏡だと主張する。
「どれどれ」
所長さんはそれを自分のものかどうか確かめるべく(所長にとって大きさは関係無い)それを覗きこんだ。
それの中はきらきらしていた。
浮かぶきらめきと光の数々が目の中に飛び込んでくる。ぐるんぐるん回る白と黒とくすんだ赤と(残念ながら所長にはこの三つ以外の色を認識出来ない)それ以外の色色に視界が翻弄されている。それは幼い頃の風景だった。所長がいつも海の中で眺め続けている揺らめいた月ではなく、極彩色の刃物達が互いにぶつかり合い、光の音をたてて、脳内をトレモロで流れていく。過ぎ去った日々は早くて、回して眺め、振って眺め、ガス灯に当てて眺めたりしていたら、何度も何度も同じものばかり見続けている。
「これです。有難う」
所長は大満足だった。
小さな筒の望遠鏡を覗けば、昼間でも星が見れるのだ。所長は三色の世界しか持っていないけれど、光を見続けることが大好きだった。手のひら望遠鏡で空を眺めながら、所長は帰っていった。途中でキリンのかぶり物を被った少年とぶつかりそうになったけど、所長は気にしなかった。
ちょうど所長と入れ違いで、少年は落し物センターにやってきた。高いカウンターの背を何とか背伸びして追い越し、彼女に顔を見せた。キリンのくせに、少年の背は高くなかった。
「万華鏡、きてませんか。三日前に落としたんですけど」
「知りません」
彼女の業務日誌には万華鏡の記述は無かった。
代わりに、三日前の望遠鏡の欄に赤鉛筆で取り消し線を引く。