落し物センター
マネキン
蒸気を上げて汽車が駅内に入ってきた。様々な人々が降りてくる。乗る客よりも降りる客の方が多い。ここから先は空の線路になる。観光スポットである夏の大三角には些か時期が早いようで、今、星を旅しようという者は居ない。
人で溢れかえったターミナルでは、車掌はマネキン人形でさえ出口へと案内しようとしている。混雑した道はなかなか先に進めない。人間ドミノを並べて倒して楽しめる人間が居るはずも無く、皆、慎重に歩を進める。
しかし、落し物センターの前だけ人が居ない。
その案内口に居る彼女は、木星よりも孤独だった。
「落し物です」
落し物センターに車掌がやって来た。ぼおっと遠くを眺め続けていた彼女の目が動く。車掌の帽子を見て彼を車掌だと判断し、彼が抱えているマネキンを見て、それを落としものだと認識した。
「はい。お預かりします」
少女の様な声で言った。
いかにも「渡して下さい」と言うように彼女は手を広げて差し出したが、彼女の細い腕ではマネキンを支えきれるはずが無い。カウンターは彼女の鼻から上がガラスの壁で覆われていることもあり、マネキンが入るだけのスペースも無い。
「向こうから入りますかね?」
「ここからでも、腕を折れば入ります」
車掌は脇の扉を見た。落し物センターの入り口は狭かった。車掌が頭を下げてやっと入れる小さな扉が一つあるだけだ。
車掌は目を伏せて、顔に影を作って言う。
「僕は人の腕を折ったことが無い」
「では、そこに置いて下さって結構です。番号札だけかけておいて下さい」
彼女はゴムに千九百九十四番と書かれた札を通して、車掌に渡した。車掌はそれをマネキンの手首に通した。マネキンには胸の膨らみがあった。女性だ。腕輪の様な番号札を瞳の無い目で見つめていた。
「――じゃあ、僕はこれで」
「有難うございました」
彼女は車掌に礼を言った。言ったが、彼女にとって何が有難いのか分からなかった。彼は彼女の仕事を増やしただけなのだ。しかも、カウンターの脇に、何に使われたのかも分からないマネキンを置いて帰った。
しかし彼女は木星よりも孤独では無くなっていた。
彼女の横にはいつも、落し物番号千九百九十四番のマネキンが居るのだから。