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篠原 求婚2

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携帯で連絡をしている親友を、遠目にして、目の前にあるショウウインドウに視線を移

した。

 『人魚姫』という言葉を、なぜ、思い出したのか、ようやく、わかった。あの時は、期

待だけを残しておきたかった。どうせ、自分には、それに応えるだけの時間は残されてい

ないだろうと思っていたからだ。二十歳まで機能すればよい、と、されていた自分の身体

は、正確に言えば、そこで停止される運命だった。所謂ところの人間としての死亡だ。
 想いを伝えても、叶わなくて泡のように霧散するのだと、雪乃は泣いた。彼女本体が死

ぬのではなく、僕に向けてくれた想いだけが死ぬ。だから、その想いは、僕が持って行こ

うと思っていた。
 だから、「人魚姫にはならない。」 と、返事したのだ。消える前に、僕が彼女から、

その記憶を消せばいい。そうすれば、僕だけが、それを覚えていることになる。
・・・・実際、今は、できないな。僕には、それだけの能力を使える体力がない・・・・
 あの時は、まだ、能力が使えた。今は、使うどころではない。たぶん、彼女に対して使

うなんて事になると、生死の境を越えるだろう。
・・・・あのまま、終わっていたら、さぞかし楽だったろう・・・・けど、友情とか愛情

とか、そういう当たり前の感情というものは知らずに、終わっていたんだろうな。・・・


 そう考えれば、生きていてよかった、と、思う。二年近く前の選択は、いまだに、正し

いとは思わないが、それ以前のものは、正しかった。少し離れた場所で、連絡をしている

親友の姿を見て、それを確信する。
 


 細野は、連絡を切ると、「珍しい。」 と、呟いた。
「なんだ? 若旦那は『お泊り』の連絡でも入れてきたのか? 」
「おまえじゃあるまいし、あいつが、そんなことするわけないだろうがっっ。」
「一応、あれでもさ。若きエリートで、それなりの容姿なんで、女性受けはいいんだよ?

 」
「あれが、ナンパしたら、俺は逆立ちしてうどんを食ってやるよ。」
 細野の背後にいた西野と橘が、言い合いをはじめる。いつものことなので、細野は気に

しない。帰宅時間の予定を、少し繰り下げて書き込む。「珍しい」 と、細野が感想した

のは、普段、無愛想無口な上司が、大笑いして、「篠原とデートして、送り届けるから時

間が変更になる。」なんて、冗談で言ったからだ。そんな軽口を、見習いの自分に言うな

んて、よほど、機嫌がいいのだろう。何か、いいことがあったに違いない。
 


 まあ、なんていうか、この世間知らずさ加減というのは、非常に希有なのだろう。とい

うか、今まで、彼女が据え膳状態で放置されていたということ自体からも、こいつの世間

知らずさ加減を測れるというものだ。
 普通は、手を出す。いや、相手が、そのつもりなんだから、手を出さなければ失礼だと

言うものだ。だが、こいつは、そんなことは、ちつとも念頭になかったらしい。定時連絡

を終えて、振り向くと、若旦那は、のんびりと空を見上げていた。知り合いに紹介を頼ん

だ店の前だ。そこには、ウインドウに展示された豪華な宝飾品があるのに、それには目が

いかなかったらしい。
「それで? どんなのにする? 」
「ん? 」
「だから、どういうリングにする? 」
「麟さんのお薦めでいいよ。」
「バカっっ。」
 だが、困った顔をして首を傾げているこいつを見て、「候補を選んでやるから、予算を

言え。」 と、妥協してしまう。
「予算は、いくらでもいいよ。」
「はあ? 」
「とりあえず、麟さんが、いいと思うのを教えて。」
「て、おまえ、国家予算並みの値段でもいいのか? 」
「そこまでは無理だね。」
 でも、彼女に似合うというなら、それでもいいかなあ、と、のんきな声で言う。働かな

くても困らない資産はあるとは聞いているが、それでも、そんな無茶な資産ではないだろ

う。
「惚気なのか? それは。」
「え? 」
「だから、雪乃になら、いくらだって構わないくらい惚れているっていいたいのか? 」
「ううん、惚れているというよりは、迷惑料だから支払えるだけ払いたいな、という感じ

。」
「迷惑料? ・・・それ、絶対に雪乃に言うなよ。」
「え? うん。」
「いいか? 『傍にいて欲しい』しか言うなっっ。」「うん。あ、雪乃の時間の賃借料?

 」
「それも却下だ。それなら、『雪乃の身柄拘束料』ぐらいのほうがいい。」
「うん。」
「言うなよっっ。絶対に、そんなふうに言うなよっっ。」
 とにかく候補を探すのが先だ。店に入って知り合いの名前を告げたら、ちゃんと、それ

なりのものを用意してくれていた。

 いくつの候補から、若旦那が選んだのは、鳩の血の色の石だった。どちらかと言えば、

ダイヤモンドではないか? と、一応、本来、喜ばれるであろうほうを薦めたが、それが

いいと決めた。
「指のサイズ知ってるか?・・・いや、いいや。たぶん、標準だ。」
 それは、標準サイズだったから、そのままで使えるとのことだった。支払いにも興味が

ない若旦那は、自分のIDカードを差し出して、簡単に払ってしまった。給料の三ヶ月な

んか軽く飛び越えた値段だったが、そんなことは気にならないらしい。
「ありがとう、麟さん。」
「健闘を祈る。とりあえず、学会の打ち上げに顔を出して、この借りはチャラにしておく

。」


 小さな箱は、若旦那の上着のポケットに収まった。 



 ポケットに放り込んだ荷物は、ずっとそのままだった。滅多に着ることのないスーツの

ポケットなんて、絶好の隠し場所だ。
 二ヶ月まったく会わなくて、ふと気付いたのは、その存在感だった。記憶障害を起こし

ていた時は、その存在自体を、自分が否定していたから、会わなくてもどうということは

なかった。
 ・・・まるで、刷り込みされたひよこだな・・・・
 姿がないと寂しくて探して、背中が見えていれば安心する。そんな自分がおかしくて、

ちょっと笑えた。



 午前中、篠原は、アカデミーへの聴講に出ている。護衛兼見習いの細野も同行している

ので、職場は比較的のんびりとしたムードになっている。
 ついでに、室長の橘が会議だとかで、留守をしていると、仕事なんぞ真面目にするつも

りのない二人だけが居残りになる。
「ピジョンプラン? また、すごいものを。」
 先日のデートなるものについて、西野は素直に当事者に質問した。もちろん、当事者も

、素直にデート内容を口にした。
「意外だった。物質としての貴石は、理解しているだろうから、ダイヤモンドだとばっか

り、俺も思ってた。」
 鉱石としての価値から考えると、高価で希少価値のあるものを選ぶ。だが、どういうわ

けなのか、若旦那は、色の付いた石を手にしたのだ。
「まあ、雪乃なら、どっちでも似合うけどな。・・・それで、親切な江河家の若様は、メ

ッセンジャーも引き受けたのか? 」
「その言い方はやめろって。メッセンジャーも、それ以上のお節介もしてない。・・・後

は、放蕩若旦那でも、どうにかなるだろう。」
作品名:篠原 求婚2 作家名:篠義