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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ダークネス-紅-

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 紫苑の後方でリボルバーを構え、足を広げて立っていたのは草薙早苗だった。
 銃弾を喰らっても怯まない紫苑に二発目の銃弾が放たれた。だが、それは紫苑の横の鉄柱に弾かれた。
 狙撃手の相手をしている暇などない。紫苑は廊下の鉄枠に妖糸を巻き付け、その妖糸をロープのように使って三階から駐車場に降りた。
 辺りに?金剛?の気配はない。
 聴こえる音は自分を狙う銃弾とヒステリックな女の声。
 魔気を帯びた風が流れてくる。紫苑はその方向へと足を進め、シャッターを下ろした店が並ぶ道へと出た。
 異様な気配がする。
 商店と商店の間の細い路地の奥からだ。?金剛?の気配ではないとわかったとき、路地の奥から帽子を目深に被ったTシャツ姿の男が駆け出してきた。
 路地から出てきた男は紫苑と目を合わせることなく、紫苑もまた男を追う理由もなかった。
 男が去った直後、暗い路地の奥から女の叫び声があがったのだ。
 紫苑がすぐに駆けつけると、汚い地面に裸体を晒して横たわる女のすぐ横で、なんと紅葉が蹲っていたのだ。
 頭を抱えて蹲っていた紅葉は人の気配に気づき、顔を上げて驚いた表情をつくった。
「どうして……紫苑さんが?」
「同じ質問を返す」
 淡々と紫苑は言った。
 裸体の女の躰には大量の白濁した液がぶちまけられ、辺りは雄臭かった。
 女の首には指の痕が痣になってありありと残っている。
 紅葉は?名無し猫?の予告殺人を阻止しようと香織の行方を捜していたのだ。そして、彼女はここで屍体となって見つかった。
 紫苑が呟く。
「近藤香織か……」
 その呟きを紅葉は聞き逃さなかった。
 なぜ名前を知っているのか?
 それを問いただす前に、紫苑は深い闇の中へと姿を消した。

 翌朝、寝不足で覚醒してなかった頭が、ニュースの報道で起こされた。
 ――被害者は所持品から神原女学園高等学校に通う三年生の近藤香織さん。
 アナウンサーの声がそう告げたとき、紅葉は重たい頭を抱えた。
 続けて予想していなかった事態が起きた。
 猪原由佳が連続猟奇殺人鬼に殺されたニュースが流されたのだ。
 三人組のうち、二人までもが殺されていたのだ。
 ?名無し猫?は近藤香織の殺害を予告したが、猪原由佳まで殺されていたのだ。紅葉は自分の読みが甘かったことを悔やんだ。
 いつも紅葉は?名無し猫?に出し抜かれる。
 交通事故で運転手を殺してやると?名無し猫?が言ったときも、死んだのは運転手だけではなく、被害者の女性は一命を取り留めたが、宿していた生命が流産するという悲劇が起きた。
 あるときはある人物を自殺に追い込んでやると言い、その人物は?名無し猫?が言ったように屋上から自殺をした。だが、屋上から落ちた人物は死なずに、地上でその人物に不幸にも当たってクッションになった子供が死んだ。
 ヒントを与えられながらも、いつも不幸を食い止めることができない。紅葉はそのたびに自分の無力さを知り、心が闇に堕ちていきそうな気分になる。
 紅葉と?名無し猫?の間には、ひとつの約束事があった。?名無し猫?の存在は決して他人に口外してはいけない。それを破ったとき、紅葉の大切なモノが消える。ただの脅しかもしれないが、もしも本当だったらと考えると、紅葉は?名無し猫?との約束を破ることができなかった。
 その約束が紅葉をさらに苦しめる。
 問題を自分の中だけに抱え込み、誰にも相談することができない。一番頼りにしている?姉?にすら隠し事をしなくてはいかなかった。
 落ち込んでいる場合じゃない。
 紅葉は〈般若面〉を手に取った。
「お姉ちゃん、行ってきます」
《いってらっしゃい、紅葉》
 ?姉?が寂しくないように、手作りのぬいぐるみたちの中に〈般若面〉を置く。
 鞄を持って紅葉は玄関を駆け出した。
 エレベーターで降り、マンションの外に出ると、いつもの笑顔が紅葉を出迎えた。
「おっはよ、紅葉!」
 空は生憎の曇り空だったが、つかさの笑顔は太陽にように眩しい。
「おはよう、つかさ」
 朝靄が住宅街を包み、幻想的な雰囲気を醸し出しているが、この霧はホウジュ区の瘴気、マドウ区の魔気、そしてミヤ区の結界風がぶつかり合って発生しているのだという。
 紅葉たちが歩いているこの場所はカミハラ区だが、ちょうど隣接した三つの区に挟まれた中心に位置しているのだ。そのため、夜に増幅したエネルギーが朝になって流れ込んできて霧と化す。人体に害を及ぼす霧であるが、帝都に長年住んでいる者には、抗体ができているために無害なのだという。
 学校に向かう道すがら、紅葉は昏い顔をしてつかさに尋ねる。
「ねえつかさ、今朝のニュース見た?」
「あの人気歌手が実は獣人だったっていう?」
「ううん、それではなくて、近藤香織さんと猪原由佳さんが殺されたニュース」
「あー、あれねー。ちょっとビックリだったよね、まさか二人が今流行の殺人鬼二人に殺されるなんて」
「それも同じ日に……偶然なのかな?」
 偶然にしては出来過ぎている。やはり?名無し猫?の差し金なのだろうか?
「てゆかさ、あの二人が死んだのに、リーダーの武内はしぶとく生きてるよね」
 知り合いが死んだというのに、軽く笑うつかさの口調はまるで他人事だ。
 紅葉は殺されていた近藤香織の屍体を目の当たりにしてしまった。紫苑が先に姿を消したように、紅葉も誰かに見られて事件に巻き込まれる前に現場を離れた。だから、長く屍体を見ることはなかったが、白目を剥いて苦しそうに口を開け、変わり果てた香織の屍体は、いつまでも瞼の裏に焼きついてしまっている。
 紅葉の手は人を殺めたことがある。
 初めて殺した相手は両親を失った姉妹を引き取った叔父。そのときのことは記憶になく、滅多刺しになっている叔父を見て、自分が殺したことに紅葉は気がついた。
 そのあとも幾度となく紅葉の手は罪色に染まったが、すべて〈般若面〉を被っているときだった。
 紅葉は〈般若面〉を被っているときの意識がない。そのために殺しの記憶を持っているのは?姉?の呉葉だ。だが、紅葉の手が穢れていることにかわりがない。
 互いに支え合ってきた姉妹だからこそ、紅葉は?姉?の罪を自分の罪として受け止めていた。いつも放課後、学園の聖堂で祈りを捧げているのはそのためだ。
 大きな帝都病院の横を通り過ぎ、同じ制服を着た生徒たちが増えてきた。
 ほどなくして学園の正門が見えてきた。
 二人が歩く前に知り合いの後姿があった――草薙雅だ。
 紅葉が声をかけようと駆け寄ると、声をかける前に雅が振り返り、二人の姿を見た雅は逃げるように早足で歩いていってしまった。
 教室に入ってから角の席に座る雅に紅葉が声をかけた。
「おはよう、草薙さん」
「お、おはようございます」
 背中を丸めて雅は震えていた。
「震えているけれど、大丈夫?」
 優しく尋ねた紅葉に雅は席から勢いよく立ち上がって喚く。
「心配しないでください! わたしは、わたしなら平気ですから、平気なんです」
 とても平気には見えない。取り乱しているのは明らかで、震えた声は怒りではなく脅えのようだった。
 頭を抱えて雅が廊下の外に歩き出す。それを止めようと紅葉がすると、雅は血走った眼で睨んできた。