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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ダークネス-紅-

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 触塊の中から一本の触手に〈般若面〉が鷲掴みされた。
 〈般若面〉は接合された顔の皮膚から、めりめりと音を立てて引き剥がされそうとしていた。
「やめろーーーッ!」
 呉葉の絶叫も虚しく、〈般若面〉は宙を舞って地面に堕ちた。
 〈般若面〉の下に隠された仮面のそのまた下の真実の顔。
 おぞましく溶けた醜悪な素顔を紅葉は晒された。
 大火傷を負ってケロイド状になった紅葉の顔半分。端整な才女の相はそこにはない。ただそこにあるのは見るにおぞましい顔。
 顔に負った傷は心の傷。
「……ケケケッ」
 ケタケタと嗤う声が響き渡った。
 項垂れた紅葉の肩は小刻みに震えていた。
「ケケケケッ……ククク……クハハハハハハハハハハッ!」
 狂気を孕んだ哄笑を躰全体から発し、紅葉の手が自分の躰を弄んでいた触手を握り潰した。
 潰された触手はグチャリと白濁した汁を紅葉の顔に飛ばした。
 口の端の飛んだ汁を舌で舐め取った紅葉の瞳は鬼気を湛えていた。
 触手は紅葉の躰を拘束しようと四肢に巻きつき、胴に巻きついて胸に伸びようとしていた。
 紅葉は触手を鷲掴みにして、ゴムのように伸びた触手を噛み千切った。
「俺様を目覚めさせたな……雑魚がッ!」
 紅葉はケタケタと嗤ってその躰を炎で包んだ。
 紅蓮の炎に包まれた紅葉の服は刹那に燃えたが、白い柔肌は炎の中でいつまでも瑞々しさを誇っていた。
 躰に巻きついていた触手を一瞬にして焼き尽くし、紅葉はゆっくりとゆっくりと触塊の中心へと足を運んだ。
 その間も触手は次々と紅葉に魔の手を伸ばしたが、紅蓮の炎が紅葉に触れさせることを拒んだ。
 タケルの心が恐怖した。
 怪物と化したタケルが、怪物が来ると恐怖した。いや、怪物ではなく鬼女だ。
 怨念という炎を纏った鬼女紅葉。
 紅葉の中で眠っていた闇が覚醒めたのだ。
 不気味な仮面の前に立った紅葉はその燃え盛る手を伸ばした。と同時に、不気味な仮面は巨大な口を開けて紅葉に襲い掛かったのだ。
「オレ殺せるはずがないんだ!」
「すぐに地獄に送ってやる」
「させるか!」
 不気味な仮面は瞬時に雅の顔へと変貌した。また身代わりにする気なのだ。
 しかし、雅の顔は歪み再び不気味な仮面に戻っていく。
「オレに逆らう気か、お前はオレのモノなんだぞ!」
 不気味な仮面は激怒して口を開けた。
 口の中に広がる闇に燃え盛る紅葉の手が突っ込まれた。
 刹那、地獄の業火が触塊に燃え移り、巨大な炎が天井まで達した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁッ!」
 躰中に生えていた触手を灰と変え、烈火の中でタケルは怒り狂った。
「裏切ったな雅ーーーッ!!」
 そして、異形と化したタケルの躰に皹が走り、皹の間から火焔が漏れ出し大爆発を起こしたのだ。
 舞い散る黒い灰を浴びながら、紅葉はなおも全身を炎に包んでいた。
 今の紅葉にならば世界を劫火で死の荒野にできるかもしれない。
「ケケケッ……復讐の炎で世界を焼き尽くしてやる」
 ケタケタと嗤う紅葉。
 もうそこにいるのは紅葉ではない。
 横たわっていた愁斗は悪夢で目覚めた。怨念がこの場を呑み込もうとしていることに気づき、腕を動かそうとしたが、地面に躰が張り付いてしまったように持ち上がらない。
 その腕が不意に上がったのだ――見えない糸に操られるように。
 愁斗は操られるがままに宙に妖糸で奇怪な魔法陣を描いた。
 魔法陣の?向こう側?から、強大な〈それ〉がおぞましい呻き声をあげた。
 世界は〈それ〉の呻き声によって恐怖し、魔法陣の?向こう側?から大鎌を持った〈黒い影ども〉が飛び出した。
 〈黒い影ども〉が死臭と共に大鎌で紅葉の躰を八つ裂きにする。
 大鎌は紅葉の躰を傷つけることなく貫通した。
 違う、魂が八つ裂きにされた。
 眼を剥いた紅葉が恐怖の形相を浮かべ、叫びも発せぬまま地面に倒れた。
 甲高い叫びにも似た笑い声をあげて〈黒い影ども〉が還っていく。
 そして、紅葉の躰を覆っていた炎が、命の灯火が途絶えるように弱くなって――消えた。
 時間が凍ってしまったように、この場で動くモノはなにひとつなかった。
 静寂を堕ちる。
 麗らかな風が紅葉の頬を撫でた。
「あなたはわたしがはじめて好きになった女の人でした」
 白い影が紅葉に口付けし、霧のように消滅した。
 紅葉の胸の奥で心臓が鼓動した。
 瞳をゆっくりと開けた紅葉はなぜか切ない思いが込み上げ、零した涙が頬を伝わり、地面の上で弾け飛んだ。
 紅葉はまだ生きなければならなかった。
 誰がために生きる?

 (完)