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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ダークネス-紅-

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第25回 ?サナエ?


 有力な情報を手に入れたつかさは死都東京から帝都に戻っていた。
 帝都でも三本の指に入る大都市ミナト区。
 賑わっている繁華街の外れ、古いビルが立ち並ぶミナト区の端につかさは来た。
 つかさの足は路地の奥へ奥へと運ばれた。
 空を見上げると、ビルとビルの間を繋ぐように、右往左往に伸びるパイプ管が目に入る。都市から供給されるエネルギーを盗むためのものだ。
 この場所は巨大都市の輝きから生まれた闇。
 繁栄を続ける都市の影の象徴と言えるのがスラム街。
 アンダーグラウンドな世界にのみ許された、人々の放つ猥雑な価値観と逞しさ。そこに都市の裏の顔が存在している。
 スラム街の一区間は〈ホーム〉と呼ばれ、そこでは?表?よりも非合法なモノが多く売られ、二十四時間いつでも売春婦たちが歩き回っている。そして、スラムの地下では新興宗教集団や可笑しな実験をする組織などが根城としている。
 スラムにある廃ビルの中には悪霊が棲み憑いている場所もあり、スラムの人々でも決して近づかない場所がある。そのビルの中につかさは足を踏み入れた。
 灰色の地肌を剥き出しにするコンクリの壁や床。鉄筋の柱が今にも倒壊しそうなビルを辛うじて支えているようだった。
 つかさは壊れたエレベーターを素通りして、崩れかけた階段を上った。
 二階に着いたつかさは二人の人影を目にした。
 車椅子に座る人影と、その傍らに立つ女性。つかさの予想とは違う女性――草薙早苗。
「雅を追って来たのに……そこにいる男は雅の兄貴?」
「そうだよ、あたしの息子じゃないけどね」
 早苗の声を聴いてつかさは少し不思議そうな顔をした。
「少し声が違う、雰囲気も……双子……。じゃあ雅は誰の子供?」
「あたしが生んだ子さ」
「戸籍上は存在してないけど、出生届は出してないとか?」
「出すわけないじゃないか、あの子はあたしの奴隷なんだから人権なんかないのさ」
 混迷している人間関係につかさは難しい顔をして情報整理をはじめた。
 つかさはまるで魂が抜けてしまったような遠い目をして、口調まで変わって独り言のように呟く。
「そこにいる兄はあなたが結婚した男の連れ子だ。男は借金を抱えて失踪、その後も離婚はしていないので兄は戸籍上はあなたの息子だ。そこまでは簡単に調べられた。ただ雅の存在が僕にとってネックだった。戸籍上存在していない、神原女学園から取り寄せた資料が?今?僕の手元にあるが、記入された情報はよくできていたが全部架空のものだった」
 ここでつかさは間を置いてから再び口を開いた。
「いや、雅のことよりも……あなたは誰だ?」
「あたしは早苗よ」
「では、僕が会ったのは?」
「知らないね!」
 隠し持っていたナイフをちらつかせて早苗が襲い掛かって来た。
 つかさは武器を持っていない。この?躰?では妖糸を放つこともできなかった。
 迫り来るナイフの刃がつかさの胸を掠めた。
 服が少し切られたがつかさは焦らずに飛び退き間合いを取る。それに合わせて早苗は前に飛び、ナイフをつかさの胸に突き刺そうとする。
 つかさは弓なり躰を曲げてナイフを躱わし、ナイフを持つ早苗の手首を掴んでそのまま投げ飛ばした。
 コンクリの地面に叩きつけられた早苗は受身もとれず、地面にへばりついて呻き声をあげた。
 その声はまるで怨霊の叫び。
 叫びはビル内に反響しながら、徐々に大きくなり別のモノを呼び起こした。
 怨念のこもった呻き声がそこら中から聴こえてくる。
 ビル内に棲み憑いていた怨霊どもが目を覚ましたのだ。
 風が叫びをあげながら飛び交い、その中で早苗は地面に四つ足を付きながら狂気の眼でつかさを睨んでいた。
「あんたの顔なんて剥いでやる!」
 獣のように早苗が地面を蹴り上げた。
 早苗は覆いかぶさるようにつかさを押し倒した。そのまま馬乗りになり、手に持っていたナイフをつかさの顔に押し当てようとする。
 つかさは咄嗟に早苗の手首を両手で押さえてナイフを眼前で受け止めた。
 ナイフを握る早苗の手が振るえ、それはつかさにも伝わった。
 眼前に迫るナイフを前にしてもつかさの表情には焦りひとつない。それどころか、早苗に質問を浴びせる余裕まであった。
「ひとつ訊きたい」
「うるさいわよ、黙ってあたしに顔を剥がされなッ!」
「なぜ女ばかりを襲って、その顔ばかりか、女性の象徴を抉り取った?」
 今このとき、つかさにナイフを向けている女は連続猟奇殺人鬼の疑いがある。その被害者は美しい女性ばかりで、顔の皮膚を剥がされ、乳房を切り取られ、性器まで抉り取られていた。
 なぜそんなことをした?
 単純な好奇心がつかさに質問をさせた。
「なぜだ?」
「あたし以外の女どもが男の熱い視線を浴びるなんて気に喰わなかったのさ!」
 なんと短絡的な理由だろうか。
 つかさは難しい顔をした。
「それが女性心なのか、それとも君が異常なのか、僕には理解できないな」
「あんたも女だったらもっと綺麗になりたいって願望はないの? 男たちに振り向いてもらいたいって願望はないわけ!」
 叫びながら取り乱して隙のできた早苗に、つかさが強烈なヘッドバッドを喰らわした。
 すかさずつかさは頭を回してよろめく早苗の頬を抉るように殴り、馬乗りになっている早苗を退かして地面を転がりながら逃げた。
 だが、早苗はすぐに正気を取り戻して再びつかさに襲い掛かる。
 地面に横になったままのつかさの蹴りが早苗の胸を蹴り上げた。
 後方に早苗が飛ばされると同時につかさは驚いた。
 ビル内に鳴り響く咆哮。
 辺りを見回したつかさの眼に入ったモノ。それは車椅子に座って今までまったく微動だにしなかった人影。不気味の仮面を被った男。
 咆哮は獣よりも猛々しく、不気味な仮面から発せられていた。
 立ち上がったつかさの背中を撫でる冷たい風。
「……しまった!」
 刹那、つかさの脚が見えない力に引きずられ前のめりに転倒してしまった。
 すぐに立ち上がろうとしたが、背中に重いなにかで押さえつけられ、耳元では苦しそうな囁きが聴こえた。
 つかさは怨霊の力によって拘束されてしまったのだ。
 地面に腹ばいに倒されたつかさにさらなる魔の手が襲い掛かる。
 車椅子に座る男の躰から包帯が生き物のように伸び、つかさの四肢を縛り、躰を縛り、上げ、亀甲縛りにして口までも包帯で塞いでしまった。
 逃げ出すことのできないつかさに、早苗がナイフをちらつかせながら近づいてくる。
「やっとその顔を剥いでやれるわ」
「……ま……て……」
 その恐ろしい声を聴いて、早苗は思わず躰を震わせて脚を止めた。
 車椅子に座る男の不気味な仮面の奥で声がする。
「そいつは……人質に……も……みじを……おびき……寄せる……」
 自分の失態を悔やんでいたつかさが階段方向に眼をやったとき、その眼が大きく見開かれた。
 ――二人目の草薙早苗だ。
 この場所に二人目の草薙早苗が現れたのだ。
 どちらがいったい本物の草薙早苗なのか?
 あとからこの場所に現れた草薙早苗がヒステリックな叫び声をあげる。
「誰なのあんた!」
 その言葉はもうひとりの?早苗?に浴びせられたものだ。