篠原 求婚1.5
が逃げてしまうかもしれない。
「ああ、大丈夫だよ。あれが逃亡したら、きみがこき使われると叩き込んでおくからね。
」
「忙しいのなら、僕も手伝いに来ましょうか? 今のところ、仕事らしい仕事はしていな
いから。」
「あらあら、ダメよ。篠原君はね。少しゆっくりしていなさいね。だいたい、無理のしす
ぎですよ、きみは。」
「え? 」
「私たちが専門バカだから、世間のことなんて知らないと油断しているだろ? きみのこ
とは、きみの保護団体から報告が来るんだ。」
「・・あ・・」
たぶん、前川教授経由で、今度のことも報告されているのだろう。会議で吊るし上げを
食らったぐらいで倒れてしまったのは、自分でも恥ずかしいと思うので、あっちこっちに
報告しないで欲しい。
「だいたい、きみがテロリストであるというなら、うちのだって、いや、さらに、その上
の偉大なるテロリストだ。それを、きみだけが責められること自体が間違いだろう。」
「そうですよ。うちの麟のことが、表沙汰になっていないのも、結局は、篠原君のほうで
、全部、処理されているからだもの。」
事実は、それで間違いない。謀反人が多すぎて収拾がつけられなくて、一応、責任者と
いうことで、僕の罪として処理された。
「本来なら、あのチームの責任者は、きみと麟なんだから、ふたりで折半だったのに、だ
よ。」
「いえ、そうじゃなくて・・・僕は、怪我で動けなかったので、それで・・・」
「一年も動けない重症のきみに、全部押し付けたのが間違いです。」
「いえ、あの・・・麟さんは悪くないんです。あれは・・僕のヘマが原因で・・・麟さん
は、ちゃんとバレないように動いていたから・・・」
同じテロリストではあっても、麟さんは、スマートに破壊工作を行って、バレることな
く逃亡した。対して、僕は、と言えば、初心者なミスを連発して、それが元で、チーム員
が総出で手を出してしまったから事態が大きくなったのだ。だから、麟さんには罪はない
。
「そこだよ、篠原君。それなら、きみに声をかけるか、きみの動きをフォローすべきだっ
たのさ。あれは、そこいらが抜けているんだ。」
「それは・・・ちょっと違うような・・僕、麟さんの工作は、こちらに戻るまで知らなか
ったぐらいに鮮やかなものでしたから。」
そう言って、僕もおかしくなって笑えてきた。テロリストなんてものに、鮮やかな手際
とか賞賛するのも、どうだろうと思ったからだ。
「あははは・・・確かに向いているだろうな。きみの事件の後でも、動いていたみたいだ
しね。あれの悪い癖だ。いや、きみにも言えるかな? きみたちは、ひとりで溜め込んで
、ひとりでやろうとする。なんでも、できるだろうが、ひとりでやるのが、いつも正しい
とは限らない。たまには吐き出して、頼ることも考えたほうがいい。」
教授の言葉に、胸のどこかがちくりと痛んだ。最近、母に責められていることと似てい
るような気がしたからだ。
いつもなら、金曜日は板橋家に帰るのだが、僕の復帰祝いという名目の宴会をすること
になって、自分の家に戻ることになった。
「うちですればいいのに・・・」
「仲間内で騒ぐなら、親がいないほうが楽しいさ。」
両親に、報告したら、そう言って笑った。右腕のリハビリも、ほとんど終わっていて生
活するには、問題がない。そろそろ、ここでの居候生活も切り上げないといけない。
「あの、そろそろ、僕、向こうへ帰ろうかと思うんだ。」
何度か節目ごとに言い出しているが、両親は、許可してくれたことはない。今度も、ふ
たりして顔を見合わせて、「無理しなくてもいい。」 と、返事した。
「慌てて戻る必要はないでしょう? 適当に帰ればいいことだわ。」
母は畳み込むように、さらに付け足した。静養していた時は、確かにそうだったが、す
っかりと良くなっているのに、それはおかしい。
「でもね、自分で、なんとかできるようになったしへ身体のことも問題は・・・・」
「ダメ。義行は、うちから婿に出すつもりだから、結婚するまでは、ここにいなさい。」
「はあ? お母さん、それ、どういう意味? 」
「同じ家から、花婿と花嫁が出るよりは、あなたが、こちらの家からあちらの家に入る方
が、形としてはすっきりするからよ。」
「それは、もう、イヤだって断ったはずだ。僕は、誰とも結婚するつもりはないし、雪乃
は、僕の世話を頼まれているだけだから、そういう関係じゃないんだ。」
「私も何度も言うけど。ただ、あなたの両親から頼まれただけでは、あんなに献身的に世
話をしてくれるものではないのよ。それに、あなただって、小林さんがいないと困るのは
自覚しているでしょ? どうして、そんなに意固地になるの? 別に、籍を入れるだけで
、今と何にも変わることはないのよ。」
「・・・・それじゃあ、結婚する意味なんてない。・・・僕も、そう、何度も言った。雪
乃だって、そう返事しただろ? 」
「でも、小林さんを、あなたの傍に縛り付けることはできるわよ。婚姻という枠があれば
、小林さんが離れていくことはない。」
「縛り付けなくても、どこにも行かないよ。・・・ごめんなさい、本当に、それだけはで
きない。」
「いい加減にしなさいっっ。そんなの、あなたの我が儘よっっ。」
母は、いつものやりとりの後の最後の言葉を吐きだした。ずっと、縛り付けるだけで、
何の保証も確証も与えないのは、男である僕の我が儘だというのだ。もし、僕が手を離し
ていれば、雪乃は、別の出会いを求めることができただろうとも。
・・・そんなことはない・・・
もし、そうなら、とっくの昔に、僕の庇護なんてやめて、この星を飛び出しているはず
だ。長命な種族である彼女が、ほんのひとときの時間を僕に付き合っている。だが、地球
の尺度でいえば、母の言葉は正しい。何千年という時間を有する種族でない、ただの地球
人であるなら、僕は、ずいぶんと、雪乃の時間を奪い続けたことになる。
「母さん、そう感情的になったら、話し合いにはならないだろ? 」
そこまでになってくると、父が仲裁に入る。父は、「婚姻をしたほうがいいが、それを
決めるのは、義行だから強制はしない。」という意見で、母との喧嘩についても、責めた
りはしない。
「ごめんなさい。他のことは、お父さんたちの勧めるように、やります。家に帰るな、っ
てことだったら、家にも帰りません。でも、本当に、ごめんなさい。」
説明できないもどかしさはある。僕も雪乃も、地球の種族ではない。だから、人生の時
間の単位が違いすぎるのだ。
「明日は、友達と騒いでおいで。休日明けに戻ってきなさい。・・・おまえを、ひとりに
しておくのは心配だ。」
「うん。」
「まだ、おまえは若いからな。そういう意見になるのかもしれない。」
「うん。」
「母さんが心配するのはね、小林さんが子供を欲しがったら、そろそろ適齢期になるから
、なんだ。二十代で産むほうが、女性の身体には楽なんだそうだ。」
「・・あ・・・うん・・」
そういうことも踏まえて、考えなさい、と、父は静かに諭した。子供なんて、できるわ