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天秦甘栗 楽園の君に

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その人は,いくつになっても夢見るような眼差しをしている。まるで,遠いどこかが見渡せるように,焦点をぼかしている。穏やかで,春の陽だまりのようにやさしい微笑みを口元に浮かべ,庭に目を遣っている。ゆっくりとした動作で池に向かって歩きはじめた。ポテポテと歩く様がかわいい。それから,片手にしっかりと握っていた袋から鯉のエサを取り出すとパラパラと池に撒く。激しい水音がして,鯉が先を争ってエサを貪る。それを目にして,また,ニコリと微笑んだ。春の女神とでも表現したくなる姿だ。
「あ,お帰り,秦海。早いじゃん。」
 エサをやり終えた天宮が戻ってきた。
「ただいま,飯は食ったのか?」
「いんにゃ,まだ・・・何? ストレスでも溜めてんの? 眉間に皺がよりまくってるよ,秦ちゃん。」
 余計なことは目敏い。だから,といって,優しい言葉などは期待してはいけない。
「あんたもねぇ,大会社の社長ならストレスくらい,どっかで発散してきたらどーなんよ?」
「発散かあ?」
「おう,発散。ストックしてる女でも呼んで慰めてもらったら? あれが一番じゃないの? あんたにはさ。」
「おまえ,俺を性欲魔神とか思ってないか?」
「魔神までいかなくても,あのストックの数見たら・・・好き者とは思う。」
「じゃあ,おまえが相手をしてくれればいいんじゃないのか? 仮にも俺の女房だろう。」
 戸籍上は、れっきとした妻で、すでに天宮航子から泰海航子になっているのだが、当人は実験的同居と理解しているため、妻としての勤めなどは絶対にしてくれない。そればかりか、私の言葉に対しての返答が、二段蹴りだったりする。
「あんたは一回、血反吐の海に沈んだほうがいいね、泰海。」
 そんなことは予測できているので、防御したら正拳から裏拳の見事な連続技に転じられる。本当に武術を習っていないのか? と最初は怪しんだが、自分が習ってわかったのは、天宮の攻撃は喧嘩殺法という実践で身に着けたものだということだ。場数は相当に踏んでいると見込んでいる。
「最近、マンネリの攻撃になってるぞ、天宮。」
「仕方ないっしょーっっ、ここの家具、壊すわけにゃあ、いかんからさ。動ける方法は限られるっつーことよ。」
「俺が退屈だ。」
「なら、本気でやる? 表でさ。」
「その前に飯にしよう。飢餓状態のおまえなんて、俺だって殺されるかもしれないからな。」
「ははぁーん、うまい逃げ口上だね? ・・・まあ、腹は減ったから妥協してやるよ。着替えてきな、泰ちゃん。あたしはスーツの男と飯なんぞは食いたくない。」
 リビングのソファにどっかりと腰を下ろして、天宮がタバコに火をつける。一緒に食事してくれるつもりらしい。


 無言の食事(空腹の天宮に会話はないため)の後で、天宮が車のキィを持ってきた。本気でやりあうというのを忘れていなかったらしい、と私は立ち上がった。すると、そのキィを天宮は私に投げつけた。
「ちょっと、サンクスまで連れてって。新作のジュース買い漁るから、あんた、荷物持ちね。」
「これ、なんのキィだ? 」
「あんたの愛車。たまには動かしてやれって言ったはずだよ、あたしは。」
「おまえが運転すればいいじゃないか? だいたいドラテクは、おまえのほうが・・・」
 かなり上のはず・・・と続けたのに無視された。これだけは天宮に勝てたためしがない。車の性能で私が勝ったとしても、それでも負けることが、しばしばある。ミッション車に乗り、マクドのチキンタッタを食う女だ。それも山道である。
「さっさと動かせっっ。」
「サンクスなら歩きでも・・・」
「はあ? それ、えりどんからのオーダーやから届けるんだよ。あんた、徒歩で、あっこまで行くつもりなん? 」
 天宮の親友である深町が住んでいる場所は、片道二時間の山奥の村だ。そこまで、あの重いステアリングを握れとかぬかしているらしい。
 だから、と言って逆らえない。惚れているから、デートの誘いをしてくれた相手を断るなどはできないのだ。この水爆クラスの女は、どこにもいない。媚びないし自分で自分の思う儘に生きている女だ。化粧とかファッションとか、そんなものには無頓着だが、火炎瓶の作り方から戦闘機の種類まで多種多様な知識を、その脳に詰め込み、さらに実践しようとする。とんでもなくパワフルでインテリジェンスだ。だまし討ちで籍だけは入れたものの、当人がちっとも惚れてくれない。


 本当に二時間ドライブした。
「こんなん、土曜日でえかったのにぃぃ・・・すんません、泰海さん。あがってお茶でも。」
「あかんっっ、明日、仕事やから帰る。バドワイザーとウーロン一本くれ、えりどん。」
 発言権がないため、私は運転手よろしく、天宮のためにドアを開けた。しかし、当人は鍵を貸せと言う。
「ちょっと散歩させてやる。」
「ああ」
 バタンと運転席に収まると、ニヤリと天宮は笑った。散歩というのは、全開走行の意味だ。
「壊すなよ。JAFを呼ぶには遠すぎる。」
「わーってる。あんたは揺すらんように、それをキープしとり。」
 ビールのことだ。確かに山道を走行するなら、それは必定だ。いきなり、走り出した車は、ものすごい勢いで山道を駆け上っていく。来た道とは反対の方向だ。海だな、と気づいた。海辺でビールを飲むというのが目的らしい。
 20分ほどで静かな海岸に到着した。防波堤にふたりして並ぶ。しかし、天宮が私に差し出したのはビールのほうだ。
「おまえ、間違ってるぞ。」
「ちゃう。あたしは免停にはなりとうないっっ。これは、あんたの。これ、飲んで、そこへ寝転んでみぃ。ええ、星空やからさ。」
 そう言われて見上げたら満天の星空だった。遮る明かりのない田舎では天の河まで、よく見えた。
「すごいなあ。」
「シャングリラってやつよ。・・・たまには、こういうマイナスイオンなとこで神経休ませるこったよ、泰ちゃん。電磁波浴びまくってるんやからな。」
 くいっ、と当人はウーロン茶を一口飲んで寝転んだ。黙っているので、ビールを飲みながら空を見上げた。喧騒のない真夜中の海は心に染み込むようだ。
「シャングリラとは言いえて妙だな?」
「・・・どこにだってあるよ・・・」
「俺はおまえが傍に居るだけで、そうだがな。」
「さぶイボたつから、やめれ。」
 疲れていた自分に、天宮はとっておきの場所を見せてくれたらしい。こういうことを、さりげなくしてくれる。そういう優しさも持っている。この女は、自分だけの楽園を持っている。いつか、そこに住みたいと私は思っているが、そこまでの道のりは険しそうだ。今のところは楽園に住んでいる女に、たまに招いてもらうぐらいのことだ。
「やっぱり、おまえは最高の女房だ。」
「あほーっっっ、それ以上に口開いたら、ぶっ殺す。」
 ふたりして、のんきな口喧嘩をして笑い転げた。気分はすっかり良くなっていた。たぶん、今夜、重いステアリングで疲れて爆睡するであろう天宮を腕枕にしたら、明日の朝には全快していることだろう。
「あんた、今日は自分の部屋で寝ろ。」
「ああ、わかってる。おまえ、先に風呂に入れよ。」
「当たり前じゃ。人が親切にストレス解消させてるんやからな。風呂上りにビール飲もおう。かぁーっ、無茶旨そう。」
作品名:天秦甘栗 楽園の君に 作家名:篠義